主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

こんなうだるような暑さの中に居てはいけない男だった。


「雪男…!何をしている、早く外へ出ろ!」


「…これは息吹の戦いなんだ。息吹が勝たなきゃ駄目なんだ。そんな成功するかもわからない策に縋るのはやめてくれ。息吹…できるよな?」


「雪…ちゃん…!私…がん、ばる…っ!」


「うん。俺が身体を冷やしてやるから、お前は阿修羅と戦え。ここから動けるか?」


ふるふると首を振って自身の身体を抱きしめながらうずくまった息吹が痛ましく、残った百鬼は同じように膝をついて息吹を見守る態勢に入ると、次々と声をかけた。


「俺たちが傍に居るからな!」


「お前は独りじゃないぞ、俺たちも一緒だ!赤鬼も青鬼もお前を心配してたぞ!」


「赤…青…っ」


雪男は全身に力を溜めこんで、息吹に向けてふうっと息を吐き出した。

氷の吐息が息吹を包み込み、僅かながらに表情が和らいだが、もくもくと煙を立ててすぐに氷が溶けてしまい、息吹がずぶ濡れになったと思ったらまた熱で蒸発して苦しみ出した。

いたちごっこだとわかっていたが、熱から解放される僅かな時間を稼ぐのが、役目だ。


雪男自身もまた熱で身体の力が抜けそうになるのをなんとか堪えながらも息吹に氷の吐息を吹きかけ続けて、主さまから肩を強く掴まれた。



「お前…死ぬぞ!氷雨!」


「息吹が死ぬよりはましだ!あんたが…主さまが幸せにしてくれるんだろ!?息吹に生きててほしいんだ!主さまが幸せにしてくれるんなら、俺…っ」


「雪、ちゃん…雪ちゃん…っ!」



寒さと暑さを弛みなく繰り返されたことで息吹の体力は著しく消耗し、身体の中では阿修羅と身体の権利を巡って争い、息吹の魂はみるみる摩耗していった。


晴明はそれに気付いていたが、息吹が人ではないとわかった以上、眠っていたはずの何らかの力が顕現すれば…この危機は乗り越えることができる。



「もっと…もっと息吹の意識が鮮明になるような強い衝撃を与えなければ…」


「…だとすればどうなる!?」


「身体を取り戻せば熱は収まる。阿修羅でさえ手こずっているのだ、息吹は相当に奮闘して、消耗しきっている。早く決着をつけなければ」



――ああ、今だ。


やっとこの時が来たんだ――


息吹、待ってろよ。


俺が助けてやるから。