主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

妖の主である主さまであっても“熱い”と感じる息吹の身体――


息吹自身はきっともっと熱いだろうし、短い息を何度も吐いている息吹の身体をいち早く冷やしてやらなければ、死んでしまうかもしれない。


「誰か、雪爺と雪男を……駄目だ、こんな所には呼べない…!」


「主さま…熱い…熱いよ…っ」


「息吹、もう少し頑張れ!外へ連れて行ってやる!」


業火が荒れ狂う屋内に氷属性の者を呼ぶのは“死ね”と言っているようなもの。

だが息吹の全身は赤くなり、今にも火傷ができてただれそうな緊急性を示していたので、主さまは縋るような瞳で晴明を見つめた。


「阿修羅を追い出す方法はないのか!?」


「…無い。そのなまくら刀だけが唯一の方法だ」


『なまくらとは礼儀のない奴らだ。我を使いこなすことができれば可能と言ったはずだぞ』


その時息吹が胸をかきむしり、血が噴き出した。

晴明が咄嗟に傷口に札を貼り、主さまが息吹を抱き上げていち早く外へ連れ出そうと走り出し、百鬼がそれに続いた。


外は大雨が降っていて、あと少しでたどり着けると思って気を抜いた矢先――


『ぬるい。ぬるいぞ』


「!うぅ…っ」


突然息吹から顔を掴まれた主さまがよろめくと、息吹は主さまの腹を思いきり蹴って腕から逃れてがくりと膝をついた。


『この娘…なかなかやりおる。結界を張るとは思いもしなかったぞ。身体を取り戻すのに時間がかかってしまった』


「…その身体は息吹のものだ。そして俺のものだ。傷つけるな。早く出て行け」


『ふふ、歪んだ魂をしておる。仏とはいえ悪鬼に成り果てた者だ。我が食らう。早く我をあの娘に突き刺せ』


しつこく要求してくる天叢雲が禍々しい妖気を発すると、息吹は瞳を細めて天叢雲を見つめた。



『我を食らう…?その刀…太古のものか。これは危うい。早く殺してしまおう』


「主さま…主さま…っ」


「!?息吹…!?」



阿修羅に身体を乗っ取られた息吹がまた身体の権利を主張して抗い始めた。

身体からは湯気がもうもうと立ち上り、今にも息吹が発火してしまいそうになると、主さまにはもう…最後の策に縋ることしかできなかった。


「…晴明…俺がやる」


「…酷な役をさせてすまぬ。そなたしかできぬことだ」


「待ってくれ」


その時割って入ってきた声の持ち主は…