主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

「息吹ぃ!僕にゃ!猫又にゃ!」


急に主さまの前に立ち塞がった猫又が息吹の関心を引こうと躍起になって飛び跳ねながら呼びかけた。


『なんだ貴様は』


「僕にゃ!息吹が豆粒だった時からずっと一緒に居た猫又にゃ!毎日毛づくろいしてもらっていた猫又にゃ!」


「猫又、危ないから離れていろ」


「いやにゃ!僕だって百鬼にゃ!息吹、また幽玄町で一緒にのんびり暮らすにゃ!そんな奴追い出して戻るにゃ!」


虎柄の猫又は金色の瞳をぴかぴか光らせながら飛び跳ね続け、そのしつこさに息吹が弦を構えるような仕草をすると、その手に炎の矢が現れた。


「!猫又、攻撃されるぞ!離れろ!」


主さまが制止しても猫又は命令を聴かなかった。


…だがその気持ちもわかる。

恐らく百鬼の中で息吹に1番可愛がられていたのは、この猫又だからだ。


幼い頃は乗り物になり、成長してからは毎日櫛で毛を梳いてもらったり息吹から肉球を揉まれたりしてじゃれ合っていたからこそ、今目の前に居る邪悪な笑みを浮かべた息吹の説得を止めるわけにはいかないのだ。


『しつこい。貴様から殺してやろう』


一瞬だった。


弓を構えたと思ったと同時に炎の矢が放たれて、それが猫又の腹に突き刺さって内臓を焼き、悶絶した猫又がその場でのた打ち回った。


「ぎゃにゃ…っ!」


「猫又!お前たち、猫又を連れて行け!絶対に死なせるな!」


死なせると、息吹が悲しむ。

脚止めをしたいのにその方法が思いつかなくて主さまがじりじりしていると、ほんの一瞬息吹の顔から邪悪なるものがすうっと消えた。


「…息吹?」


『……?』


――猫又に炎の矢が突き刺さったと同時に、身体の奥底で眠っているはずの息吹がもそりと動いた気がした。


阿修羅が意識を集中して息吹を探ると、頬に涙の筋ができて、睫毛が震えていた。


『この娘…深い眠りに落ちていたというのに覚醒しかけているのか?何故…』


「猫……ちゃん…」


…はっきりと喋った。


思わず息吹から1歩身を引いた阿修羅は、それが恐れから出た行動であることを恥じて、身を丸めて横たわっている息吹の額を掴んで念じた。


『眠れ、眠れ、眠れ、眠れ』


「………猫ちゃん…」


またはっきりと喋って阿修羅を驚愕させた息吹の瞳が、すうっと開いた。