主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

眼前に立ち塞がる者を悉く殺めながら突き進む息吹の真っ白な肌に少しずつ火傷が増えていることがとても気がかりだった。

息吹を操っている阿修羅は痛みを感じていないのか気にしていないのか…

あのやわらかくて綺麗な肌は赤くなり、所々水ぶくれができていて、主さまは併走する晴明の袖を掴んで息吹を指した。


「晴明、息吹が傷を負っている。どうにかならないのか」


「できぬこともないが…十六夜よ、あれは息吹ではなく阿修羅だ」


「違う、あれは息吹だ!女なのに身体に傷が残るのは可哀そうだ、なんとかしろ!」


息吹を追いながら苛立ちに叫んだ主さまの肩に手を置いた晴明は、懐から何枚かの札を取り出して術を唱えると、その札が真っ直ぐ息吹に向かって飛んで行き、赤くなっている腕や首にぴたりと張り付いた。


『何をする』


「…息吹の身体を傷つけるな」


『ほう、癒しの術か。残念だが我はこの身体が動かなくなるまで動き続ける。我の邪魔をするそなたたちを先に殺した方が得策なのか?』


立ち止まった息吹の赤銅色の瞳に愉悦の光が瞬き、殺戮に悦びを覚えている様子に心が痛み、帯飾りにしている息吹の髪紐をぎゅっと握りしめた主さまは小さな声で天叢雲に呼びかけた。



「案を早く話せ」


『我があの悪鬼を食う。なに、我をあの娘の身体に突き刺せばいい。あの娘の魂を残したままあの悪鬼だけを食ってみせる』


「お前を…息吹に…!?ふざけたことを言うなと言ったはずだぞ」


『我を自在に操ることができるならば、その程度の芸当は可能だ。失敗すれば…くくくっ、あの娘の魂も、我が食らう』



…本当にこの天叢雲はろくなことを話さない奴だ。


主さまは自身が息吹に刃を突き立てる想像をして背筋を震わせると、何度も首を振ってその案を否定した。


「…無理だ、俺にはできない」


『ではあの娘が死ぬのを見ているがいい。ほれ、あ奴、何か仕掛けてくるぞ』


「!」


人間たちよりも先に主さまたちを殺した方が邪魔が入らないと判断したのか、息吹は伸ばした掌から火球を生み出してわざと主さまの頬をかすめて飛ばした。


『我を止める案は思いついたか?何者をも我を止めることは適わぬ。雲隠れして逃げ続ける帝釈天の息の根を止めるその時まで』


動かなくなるまで、動き続ける。