主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

「雨降り小僧!あの炎を消せ!」


建物の屋根が燃え上がり、庭にも炎が燃え広がったことで、避難しようとする人々が混乱を起こして大騒ぎになった。

主さまが声をかけたのは通り雨を降らすことができる雨小僧と呼ばれる子供の姿をした妖で、雨降り小僧は被っていた傘を外すと空を見上げて両手を広げた。


「晴明、俺が息吹をどうにかする。お前は人間をここから避難させろ。あと…雪男を炎に近づけるな。消えて無くなるぞ」


「私は息吹の傍から離れぬよ。退避はさせるし雪男にも監視をつける。空海はしばらく動けぬようだし、あれの脚を止めよう」


晴明が“あれ”と称したのは息吹のことで、上体を傾けて倒れ込んでいる空海にゆっくり身体を向けた息吹はにやりと笑って空海の髪を引っ張って無理矢理顔を上げさせた。


「阿修羅、様…」


「我を呼び出すにあたって気力も体力も使い果たしたか。そこで見ておれ。この身体…素晴らしいぞ。少々脚が縺れるが、焦土とするには十分我の力を発揮できる。この娘、何者だ?」


「わかり、ませぬ…。強力な封が施されていた、としか…」


息苦しさに喘ぐ空海を虫けらのを見るかのような瞳で見下ろした息吹は、突然降ってきた大雨に空を見上げた。


「小賢しい。我の炎はこんなことでは消えぬ。何者だ」


「私は安部晴明。そしてそなたが乗っ取っているその身体は私の愛しい娘だ。私にお返し頂きたい」


「駄目だな、息吹という娘は深い眠りについている。何者の呼びかけにも答えぬ。して、そなたは我を攻撃できるのか?」


ふわふわと動いていた晴明の尻尾がぴたりと動きを止めて、大雨に全身ずぶ濡れになりながらも息吹に向けて印を結んだ。


「私とて陰陽師の端くれ。そなたを攻撃はできぬが追い出すことは可能。参るぞ」


――雪男はあちこちで燃え上がる炎のせいで動くことすらままならず、胸を押さえてうずくまっていると、ひんやりとした空気が身体を包んで顔を上げた。


「雪爺…」


「何をしとる、解けてしまうぞ。炎の少ない所に逃げよう」


「…駄目だ、息吹の傍から離れない。俺…あんな息吹見たくないのに離れられないんだ。雪爺…わかってくれよ」


雪男の身体を支えてやった“雪の神”とも言われている老人の姿をした雪爺は、氷を作り出して雪男の全身を覆ってやると、仕方なく頷いてさらに氷で覆ってやった。