意識が濁流に呑み込まれた息吹は、真っ暗闇の中、地面にうつ伏せになって倒れていた。
起き上がる気力もなく、ただただ身体がだるい。
何も考えることもできずにそうしていると、誰かから抱き起されて首がかくんと上を仰いだ。
『やっと触れることができた。もう逃げられぬ』
「やめ、て…」
『我はこれからそなたの身体に憑依するが、恨むならばあの空海という坊主を恨め。我の力が暴虐なものであることを知りつつ呼び出したあの坊主を恨むのだ。それに…そなたの身体は居心地がよさそうだ』
「やめ、て、私に…触らないで…誰か…誰か助けて…」
“誰か”。
誰かがいつも助けに来てくれたはずだ。
でもその人の名前が思い出せない。
いつもいつも窮地に陥った時に助けに来てくれた人は、一体誰だっただろうか?
「誰、か…」
『目的を達した後、そなたは灰燼となって死ぬ。なに、痛みはない。そなたは我の憑依に耐え得る非常に稀有な存在だ。意識の奥底で我が地上を炎で清める光景を傍観せよ』
「やめ、て………」
――暗闇のせいでそれが誰だかはわからなかったが、大きくて固い手の感触で男だと分かった。
だが分かったのはそれだけで…息吹の意識はまたどんどん薄れてゆく。
…誰だっただろうか?
とても愛しく想っていた人が居た気がする。
でも…
そんな人が居るのならば、助けに来てくれたはずだ。
これはきっと思い違い。
誰も…助けに来てくれたりなんか、しない――
『さあ、瞳を閉じろ。何もかも、灰にしてやる。そして最後に死ぬのが…そなただ。それまで炎に舐め尽くされる世界を鑑賞するがいい』
暗示にかかったかのように息吹は瞳を閉じた。
すると何かがずるりと身体に入ってくる感触がして鳥肌が立ったが、しばらくすると一体化したかのように何も感じなくなり…、身体が燃え上がるように熱くなった。
『同化したか。やはり居心地がよい。この娘…人ではないのだな。それが逆に功を奏したか』
“息吹”は立ち上がり、人差し指で暗闇の空間を横一文字に切り裂いた。
そして、“息吹”の瞳が開いた。
赤銅色に燃え上がった瞳にまず飛び込んだのは、紫色の暗雲。
一切の呼び動作もなく上半身がゆらりと起き上がり、“息吹”の声で不吉で歪な笑い声を上げて、戦慄を走らせた。
起き上がる気力もなく、ただただ身体がだるい。
何も考えることもできずにそうしていると、誰かから抱き起されて首がかくんと上を仰いだ。
『やっと触れることができた。もう逃げられぬ』
「やめ、て…」
『我はこれからそなたの身体に憑依するが、恨むならばあの空海という坊主を恨め。我の力が暴虐なものであることを知りつつ呼び出したあの坊主を恨むのだ。それに…そなたの身体は居心地がよさそうだ』
「やめ、て、私に…触らないで…誰か…誰か助けて…」
“誰か”。
誰かがいつも助けに来てくれたはずだ。
でもその人の名前が思い出せない。
いつもいつも窮地に陥った時に助けに来てくれた人は、一体誰だっただろうか?
「誰、か…」
『目的を達した後、そなたは灰燼となって死ぬ。なに、痛みはない。そなたは我の憑依に耐え得る非常に稀有な存在だ。意識の奥底で我が地上を炎で清める光景を傍観せよ』
「やめ、て………」
――暗闇のせいでそれが誰だかはわからなかったが、大きくて固い手の感触で男だと分かった。
だが分かったのはそれだけで…息吹の意識はまたどんどん薄れてゆく。
…誰だっただろうか?
とても愛しく想っていた人が居た気がする。
でも…
そんな人が居るのならば、助けに来てくれたはずだ。
これはきっと思い違い。
誰も…助けに来てくれたりなんか、しない――
『さあ、瞳を閉じろ。何もかも、灰にしてやる。そして最後に死ぬのが…そなただ。それまで炎に舐め尽くされる世界を鑑賞するがいい』
暗示にかかったかのように息吹は瞳を閉じた。
すると何かがずるりと身体に入ってくる感触がして鳥肌が立ったが、しばらくすると一体化したかのように何も感じなくなり…、身体が燃え上がるように熱くなった。
『同化したか。やはり居心地がよい。この娘…人ではないのだな。それが逆に功を奏したか』
“息吹”は立ち上がり、人差し指で暗闇の空間を横一文字に切り裂いた。
そして、“息吹”の瞳が開いた。
赤銅色に燃え上がった瞳にまず飛び込んだのは、紫色の暗雲。
一切の呼び動作もなく上半身がゆらりと起き上がり、“息吹”の声で不吉で歪な笑い声を上げて、戦慄を走らせた。

