主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

その頃、晴明の屋敷で赤子の世話をしていた山姫と雪女は不気味な空模様とどんどん膨らむ邪悪な気配に不安を隠せないでいた。


「あれは…なんだい?主さまじゃないよね…?」


「そうね…違うと思うわ。空海とかいう僧が息吹さんを攫ったって言ってたけど…息吹さんに何かあったんじゃ…」


――息吹が幽玄橋に捨てられてすぐに赤鬼と青鬼の手から赤子の息吹を腕に抱いた山姫にとって、息吹は命に代えられないかけがえのない存在。

子育てなどしたことがないのに四苦八苦しながらも育てて、大きくなってゆく息吹を愛して可愛がって、そして晴明から平安町に連れ出された時どんなに胸が張り裂ける想いだったか――


だがそれが自然だと思ったし、人として生きてゆくならば幽玄町ではなく平安町の方がいい、と言い聞かせてきたけれど、今回は…訳が違う。

空海は…息吹を殺そうとしている。

そのために息吹を懐柔していい人ぶって、その結末がこれだとは――


「あたし…朝廷へ行かなきゃ。息吹を助けに…!」


「駄目よ、あなたは主さまたちから赤子の世話を任されたのだから行っては駄目。…私だって氷樹のことが気にかかるわ。あの子…何か隠し事をしていた風だったし…」


いつもははつらつとしていて一点の曇りもない性格をしている息子が…雪男が何か悩んでいる様子だったことには気付いてはいた。

気付いてはいたが、問うても教えてはもらえずに、ただ悩み抜いていた姿が気にかかっていた。


山姫も雪女もそれぞれ案じている者が今朝廷へ行っているのでここから動くことができずに悶々としつつも、膝の上ですやすやと眠っている赤子に目を落として無言になってしまった。


「…息吹は…主さまのものだよ。雪男はどうするつもりなんだい?」


「さあ…。あの子も私に似て一途だから…息吹さんを救い出すためならなんでもするつもりだと思うの。これと決めたら突き進んでいってしまう子なの。私はそれがとても心配」


「確かにあの子はずっと息吹を想ってたし、主さまともよくそれでやり合ってたけど…無事に戻って来てほしいもんだよ」


「ふふ、全員無事に戻って来たら、あなたは晴明のお嫁さんになるのよ?あの子も色男になったし、ずっとあなたを想ってたんだからそろそろ焦らさずに応えてあげないと」


「…」


無事に戻って来てほしい。

全員、無事に――