主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

「護法童子、招来」


素早い動作で印を組み合わせて呼び出したのは、『剣の護法童子』と呼ばれる鬼神の童子だ。

身体には千の剣を纏い、風に乗って現れた護法童子は晴明の命によってうねる炎の中に次々と剣を投下して突き刺した。


そうしながらも一刻も早く空海を止めるために、百鬼が優勢になっていた地上にも剣を投下させて致命傷にならない程度に阿闍梨たちに怪我を負わせて動けないようにすると、百鬼たちから歓声が上がった。


護法童子の剣はゆらゆらと揺らめく炎の中に次々と吸い込まれてゆき、人型になろうとする形を崩してはまた元通りになり、一進一退の攻防になっている。

よほどの精神力がない限りはとてもできない術式で、現に優男の空海の表情も苦悶に歪んでつらそうにしていた。


「そこまでして呼び出す理由があるのか?極楽浄土とか言っていたが、それは思想だけの世界だぞ。空海よ、目を覚ませ」


風に乗せて声を届けたが、集中している空海は一切の雑念が聴こえないのか、応える気配がない。


「十六夜、傍まで行こう。あの護摩壇の結界、私がどうにかしてみせる」


「…息吹は平気なのか?」


「今は平気だが、あれが呼び出されれば平気ではなくなる。…やはり憑代とされてしまうようだ。そうなれば…死ぬぞ」


「…!」


無表情を崩さなかった主さまの顔が険しくなった。

眉間に皺を寄せ、隣の晴明にもはっきりと主さまが歯ぎしりをした音が聴こえた。


「地上に騒がしい連中はもう百鬼しか居らぬ。彼らの声が万の力となる。私も力を貸す。さあ、行こうぞ」


その時、護法童子の千の剣が無くなり、帰って行った。

途端にまた形を成して揺らめく炎の姿が鮮明になり、主さまが降りようとした時にいつもの姿の倍以上に大きくなった虎柄の猫又が主さまに駆け寄って伏せをした。


「主さま、僕に乗ってにゃ!息吹の傍に行きたいにゃ!」


「…死ぬかもしれないぞ」


「構わないにゃ!息吹は僕をとても可愛がってくれたにゃ。僕も息吹が可愛いにゃ。変な坊主に変な術をかけられたくないにゃ!」


「…わかった。もし空海が攻撃してきたならば、全て完璧に避けろ。わかったか」


「はいにゃ!」


手にした天叢雲がくぐもった低い笑い声を発した。


主さまの戦いが、はじまる。