「晴明様…眠れないの。一緒に寝て?」


巻物が散乱した晴明の私室をその夜息吹が訪れ、晴明は笑いながら顔を上げた。


「もう小さくないのだから1人で寝なさい」


真っ白な着物に薄桃色の帯をつけて目の前に座ってしまい、晴明は仕方なく筆を置いて、傍に居た式神の童女たちを退かせた。


「何か間違いが起こっては大変だよ。これでも私も男なんだから」


「父様は私の父様でしょ?間違いなんか起きないもん」


断言され、息吹のまっすぐで艶やかな黒い髪を撫でてやり、腰を上げると続き部屋に敷いてある床に移動してまず息吹を横にさせた。


「ここに来た頃、父様が毎夜傍に居てくれて手を握ってくれていたのを思い出します。あれから6年…」


「今日は様子がおかしいが…何か面白いものでも見たのかい?父様に話してごらん」


――主さまによく似た晴明。

目元の印象はかなり違うが全体的な雰囲気はそっくりで、きゅっと手を握ると首を振った。


「ううん、何も。今日は迷子になっちゃってごめんなさい」


断固として何が起こったかを言うつもりがない息吹だったが、晴明は気付いている。


主さまをけしかけたのは、自分なのだから。


「眠るまで傍に居てやるから、さあ目を閉じなさい」


にこっと微笑んで言われた通りに瞳を閉じた息吹の眉間に、人差し指と中指を揃えて添えて何かを唱えると、吸い込まれるように眠りに落ちた。


「全く危ない子だ。本当に間違いが起こってしまうところだった」


妖は歳を取らない。

だが人間の息吹は今一番美しい年頃の頃だ。

実際一条天皇からの参内要請もしつこく、もう断りきれなくなっていたので、話をしなければと思いながら先延ばしになっていた。


「その前に十六夜にこの話を聞かせてやろう。ふふ、焦るだろうな」


主さまいじめに余念のない晴明は息吹の頬を優しく撫でて、また散らかった部屋に移動すると戸を開けて式神を放った。


“明日会いに行く”


今頃恋焦がれているだろう。

冷酷無比の男が美しく成長した息吹を見て狼狽えていた姿は晴明をかなり楽しませた。


「あの時の顔…ふふふ…」


笑いが止まらなかった。