主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

横たわる息吹の前に座した空海は、護摩壇の炎の中でだんだん形になってきたものの姿を見て口角を上げて笑んだ。


「…来た」


この時を待っていたのだ。


この憑代(よりしろ)に…

息吹の身体に憑依させる神聖なるものが祈りに応えてやって来たことに感激しつつ、一切の集中を乱すことなく術を唱え続けてさらにより鮮明な形とした。


…息吹と出会ったのは本当に偶然だったのだが…

白狐を捜すためなのと、帝に頼まれて御子を捜しに行くために幽玄町へ脚を1歩踏み込んだ瞬間から、密かに捜していたものがここに居ることに気付いていた。

まさか女だとは思っていなかったが――



『我を呼んだのは貴様だな』


「そうです。私の呼びかけにお応え下さり感謝しております」


『我を呼び出して何を求める?矮小な生き物が我を制することができるとでも思っているのか?』


「この娘があなた様のお力を最大限に引き出して下さいます。どうかこの世に極楽浄土を。清めたまえ。清めたまえ」


『ふふふふ…我が極楽浄土を?そうだな…見せてやってもよい。ただしその娘…我が憑依した後は灰となって跡形もなく消えるが…よいのか?」


「…ええ、構いません。穢れてしまったこの世を極楽浄土にすることこそが私の願い。どうかお力をお貸しください」



…無邪気に親しくしてくれた息吹の笑顔が一瞬頭をよぎった。

会ってはならないと言いながらも隠れて会ってくれて、一緒に氷菓子を食べたり世間話をしたこと…本当は馴れ合うつもりではなかった。

こうして目的があって、最終的には死に至らしめるとわかっていたのだが、いざその時が来ると少しだけ、躊躇してしまった。


『今しばらく時が必要になる。我が完全に顕現できるようにせよ』


「御意」


――炎の中に見えたものの姿をはっきりと肉眼で確認した晴明は、唇を半開きにさせて瞳を見張った。


「…晴明?」


「あれは…とんでもないものを呼び出そうとしているぞ。あんなものが呼び出されてしまえばこの世は灰と化してしまう。十六夜、あれを止めなければ」


晴明がいつになく緊張した声を上げたので、主さまも晴明が食い入るように見つめている炎を探り、そこにゆらゆらと揺れる人影を見て絶句した。


「あれは…」


呼び出してはならないものだ。