主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

そして連日幽玄町の主さまの屋敷へ遊びに行っていた晴明は、主さまが起きてくるまでじっと縁側で待っていた。

あの主さまの部屋に入ろうと思えば入れるが…不機嫌全開で怒られるのは目に見えているので、なるべくならば入りたくはない。

主さまに怒られずにあの部屋へ入れるのは息吹だけ。


「そろそろ起きてはもらえないだろうか。私も日差しはあまり好きではなくてねえ」


「……」


「そういえば私の娘から預かり物をしているのだが、今日はよしておこう。ではまた明日来る」


「……預かり物…?」


少しだけ襖が開いて主さまが眠たそうな顔を出すと、晴明は主さまの懐にさっと手を伸ばして煙管をかっさらった。


「ああ、預かり物だとも。見たいだろう?居住まいを正してそこから出て来い」


寝起きで不機嫌な主さまにこうも強く言えるのは息吹を除けば晴明だけで、息吹からの預かり物と聴いた主さまはのそのそと部屋から這い出てくると欠伸を噛み殺しながら晴明に目を遣った。


「見せろ」


「これだ。これより一生の宝物とせよ」


――手渡されたものは布で丁寧に包まれており、それを解くと中から桃色の髪飾りが出てきた。

それには見覚えがあってじっと見つめていると、晴明が席を外してひとりになった主さまの白い美貌に笑みが浮かんだ。


「これを…俺に?」


先日は息吹と離れ難く、寂しがる息吹に心が痛みながら自分の代わりにと濃紫の髪紐を残して行ったのだが…


主さまの手元には今、十六夜と名乗って姿を消して息吹を守っていた時にもらった鈴がある。

今も後生大事に百鬼夜行に出る時に持ち歩いていることを息吹は知らない。


「息吹…」


口許に引き寄せて1度口づけをすると、主さまは息吹の髪紐を帯飾りのようにして帯に挟み、何度も撫でた。


…怒りっぽくて素直になれないこんな駄目な自分に“大好き”と言ってくれる息吹のためなら、なんでもできる。


例え気まぐれに拾って育てた事実があっても、今は絶対に手放せず、一生を共に過ごす最初で最後の女だと決めているのだから。


「…会いたいな」


ごろんと寝転がった主さまは息吹の“ちゃんと寝て”という気遣いに気付き、その夜の百鬼夜行の後、会いに行こうと決めてまた部屋に戻った。