主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

やはり夢に介入したせいで息吹の精神に何らかの影響を及ぼしたようで、息吹はその日寝込んでしまった。


…空海もそれを承知で夢に介入し続けたのだ。

息吹は少しずつ弱っていって、早めに床につくことも多くなっていたので、これで原因が特定できた。


「あの坊主が…天叢雲で叩き切ってやる」


「待て十六夜。対決するのはもう少し先の話だ。空海が息吹に何をしようとしているのかがわからぬ。それを聴き出すまでは辛抱を」


「だがこれ以上は息吹が弱り果ててしまうじゃないか。どうするんだ」


珍しく声を荒げる主さまの肩を叩いた晴明は、空海が息吹の夢に入ってこれないように術を施す決意をして主さまを安心させるように笑いかけた。


「私の方が空海よりも有能な術士であることは知っているだろう?だから私に任せてくれ。いいな?」


「……大丈夫なのか?」


「私と息吹のどちらを心配しているのだ?もし私ならば心外で死んでしまいたくなるのだが」


主さまはそれまで秀麗な美貌を曇らせていたが、青白い顔で眠っている息吹の手を握ると小さく息をついた。


「…すまない。お前を疑ってしまった」


「私とて手塩にかけて育てた娘がどこぞの坊主に付け狙われるのは不愉快だ。私に任せておけ」


「うぅ、ん…」


寝返りを打った息吹が少し苦しそうな声を上げたので、氷水に布を浸して絞ると額に乗せてやった主さまは息吹の少し冷たい手に背筋がひやりとした。


「…失いたくない」


「…それは私とて同じだ。悪い想像はよせ」


晴明が気を遣って部屋から出て行くと、主さまは息吹の手をずっと握ったままぽつりと呟いた。


「…人間は儚い生き物だ。…息吹…お前を失ったら俺は…」


…喪失感を抱えたまま、ずっと生きてゆくのだろうか?

今が楽しければそれでいいのか?

息吹が懸念しているのは…この“別れ”をすでに意識しているから?


――先ほどと比べれば顔色はだいぶ戻ってきたが、人の息吹は度々こうして寝込むこともあるだろう。

その度にひやりとしなければならなくなる。

老いてゆけば…なおさらだろう。


「息吹…お前をずっと俺の傍に留めておける方法はないのか?」


死を共に分かつには、どうすればいいのだろうか?