主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

晴明と空海が同時に印を結んで呼び出したのは、堂々たる姿の仏の群像だった。


空海が如来菩薩一体だったのに対し、晴明はこの頃結縁したばかりの十二神将。

圧倒的な力量があり、晴明を侮っていた空海はすぐさま印を結び直して如来菩薩以外の仏を呼び出そうとしたが、それを止めたのは晴明ではなく十二神将だった。


『我らより秀でた仏は存在せぬ。空海とやら…我らが主の命により、貴様の魂を地獄の閻魔の元へ連れて行く』


「馬鹿な…十二神将?命を賭して契約せぬ限りは適わぬはず…」


「我が愛娘を守るために命を賭したのだよ。そなたにはそのような覚悟がないと見受けられる。唐にまで行って何を学んできたのだ?」


不敵な笑みを浮かべた晴明が人差し指を空海に向けてすうっと伸ばすと、水牛に跨った多面多臂多脚の大威徳明王が1歩前へ進み、6本の腕にそれぞれ持っている剣を空海に向けた。


『さあ、地獄へ連れて行く。己の業を悔やむが良い』


「…!如来菩薩様!」


『我が一瞬隙を作る。その間に』


如来菩薩が空海の前に立ちはだかり、閃光を発した。

目を眩まされた十二神将と晴明が一瞬瞳を閉じると、その隙に空海は無理矢理結界に穴を開け、晴明の領域から姿を消した。


「逃げられたか」


『だがただでは済まぬ。我らが植え付けた恐怖と、地獄で燃え盛る業火が身体を蝕み、苦しむだろう。我らもまたあ奴を侮った』


「いや、助かった。またいつか力を借りる時が来る。ありがとう」


晴明が印を結んで頭を下げると、突然暗闇が裂けて夢から抜け出た。

目の前にはまだ眠っている息吹と不安そうに眉をひそめている主さまの姿があり、晴明は息吹の胸の上に手を置いて何事かを呟いた。


するとそれまでひたすら白線の上を歩いていた息吹の前に突如扉が見えて、そこをくぐった瞬間…息吹もまたぼんやりとしながらも晴明と主さまの姿を見止めてふわっと笑った。


「父様…主さま…」


「目覚めたね。身体はどうだい?どこか痛いところは?」


「ありません。父様…空海さんは?」


「そなたの夢から追い出したよ。今頃苦しんでいるはずだが」


――朝廷の後宮奥深くに設けられた空海の部屋では…


空海が見えぬ業火に焼かれ、悶絶していた。