6年ぶりに外に出た。

心が浮かれるのを抑えきれずにずっと晴明の手を握って牛車に乗り込んで動き出すと…


少しだけ、主さまのことを思い返した。


多感な時期を共に過ごしてきた晴明は息吹の僅かな変化に気付き、手を優しく握り返してやると、道長が手にしている見事な太刀を指して安心させてやる。


「あれは妖を斬ることができる太刀だ。だから安心しなさい」


「…はい…」


――晴明も居るとはいえ息吹とまともに話ができない道長はかくかくと頷き、そして平安町の繁華街が近付いて柳が垂れ下がる川辺に牛車を止めると息吹を下ろし、


あっという間に衆目が集まった。


「もしや…あの方が噂の晴明屋敷の姫か?」


「笠でお顔がよく見えぬが、確かにお可愛らしい。一条天皇が入内に望んでおられるとか」


繁華街に目を遣って浮かれている息吹には人々の会話は耳に入っていなかったが、息吹の手を取って歩き出しながら道長にちょっかいを出す。


「入内だそうだ。そのような話を聴いたことがあるか?」


「ない!そ、そんなの…俺が阻止してみせる!」


――ちりん。


…鈴の音が聞こえた気がして、息吹が振り返った。


だが鈴を持っているらしき者の姿はなく、ただ…とても懐かしい音のような気がして立ち止まる。


「どうした?」


「いえ…なんでも。気のせいです」


また歩き出し、名家の出である道長と、妖や星を操る陰陽師の安部晴明が付き従っている美しい姫の一行はとにかく目立ち、人垣が割れてゆく。


――楽しそうに嬉しそうに笑って、晴明と手を繋いでいる息吹の姿を…



主さまは、後ろからずっと見ていた。



…本当に、美しくなった。

この懐にある絵以上に美しくなって、胸が苦しくなって濃紺の着物の胸元をぐしゃりと抑えつける。


晴明は、気付いているはずだ。


なのに止めもせず、何食わぬ顔で息吹と手を繋ぎ、親しそうにしている。


「息吹…」


たおやかな息吹。

幼かった頃、“主しゃま”と言って慕ってくれた息吹がこんなにも美しく…


――ちりん。


また鈴の音が聞こえた。


郷愁が、胸を打つ。