百鬼夜行から帰ってきた主さまを待ち受けていたのは晴明の式神。


鳥の首を掴むと神に戻り、誰にも知られないように寝室に籠もり、書かれた文字を見た。


――それから陽が昇るまで、主さまは動かなかった。

いや、動けなかった。


「…なんのつもりだ…!」


6年前息吹を攫って行き、そして今の今まで音沙汰の無かった晴明がよこした連絡は主さまを動揺させるに十分な内容で、

懐から絵を取り出して眺めては唇を噛み締め、また懐に戻しては式神に目を落とし…

そしてとうとう腰を上げた。


「出かけて来る」


「主さま?」


山姫はあれから毎日欠かさず息吹が庭で育てていた花に水を遣り、息吹が残して行った朱色の髪紐を帯に垂らして肌身離さず持っている。


主さまとて同じだ。

大切に絵を持ち歩き、片時も離さない。


今回だって晴明の意図が読めないままだったが…


…息吹に会いたい。


その一心で、返事もせずに屋敷を出ると、術で姿を消して幽玄町を歩き、赤鬼と青鬼の脇をすり抜けて平安町を目指す。


…姿を現すつもりはない。

ただ、息吹を見たいだけだ。


息吹とお揃いの、鈴がついた濃紺の髪紐で髪を束ねて、橋を渡る。


――その頃息吹は薄い織物を笠に垂らして被り、なるべく目立たないような薄桃色の着物を着て、道長の鼻の下を限りなく伸ばさせていた。


「どう?これで大丈夫?」


「ああ、良いね。どうだ道長。美しいと思わないか?」


「ん!?あ、ああ…その…息吹は何を着ても…その…」


「ねえ人魚さん、今日私、外へ出るの。何か買って来てあげる!」


もごもごと口説いているうちに息吹が庭に飛び出して行ってしまい、肩が落ちた道長に同情しながらも晴明も庭へ降りて、含み笑いを浮かべた。


「息吹…もし主さまたちと会ったらどうする?」


「え…」


「まだお前を取り戻そうとしているかもしれない。その時は、どうする?」


――息吹は桃色の唇を引き結び、小さな声で返した。


「…逃げます。食べられたくないもの。父様、守ってくれるでしょ?」


「ああもちろん」


さあ来い、十六夜。