主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

火花をばちばち飛ばし合っていると、屋敷にひょっこりと闖入者がやって来た。


主さまが最も毛嫌いしていた道長だ。


「おお晴明、迎えに来たぞ…、ん?そなたは…」


けして男前ではないが威風堂々とした佇まいの道長が烏帽子を取って主さまを見つめると、ふいっと顔を逸らした主さまは奥の部屋へと勝手に引っ込んで行き、道長は主さまの背中を指して首を傾げた。


「あの男は確か…」


「私の知人だ。それよりも道長、息吹が『源氏の物語』を楽しみにしている。そなたの愛人から言付かってはいないのか?」


「!なに!?紫式部とはそのような仲では…」


「懸想されていることに気付いておらぬのか。そなたのためにせっせと『源氏の物語』を描いていることも知らずにか。そなたも阿呆だな」


「…俺は息吹を妻にしたいのだ。せ、晴明、そろそろ息吹から返事を…」


「本人に聴けばよいではないか。今朝餉を用意してくれている。ゆるりと座って待っていろ」


道長と居ると自然と砕けた口調になってしまう晴明は、小さな声で“惜しいことをした”と呟いた。

主さまと再会していなければ、道長に嫁がせるのが1番良いと思っていたからだ。


“半妖だ”と揶揄されても全く動じずに声をかけ、付き合ってくれた唯一の有人とも言えるべき存在。


「あ、道長様っ。おはようございます、早いですね」


「う、うむ、晴明を迎えに来たのだ。しばし借りて行くがいいかな」


「はい。父様をよろしくお願いしますね」


笑顔の愛娘に瞳を細める晴明の隣に座った息吹は手にしていた膳を晴明の前に置いた。


「道長様の分もすぐに持ってきます。父様、今日は私、部屋で食べますね」


どうして、と言いかけてやめたのは、きっと自室で主さまと2人で食べようと思っているのだろう。

さすがに引き留めるほど野暮ではない晴明は、明らかに肩を落とした道長の様子に笑いを噛み締めながらも、頷いた。


「いいよ。相模たちの分はもう運んだのかい?」


「はい。口に合うといいんだけど…」


「合わぬはずがない。そなたの手料理は天下一品なのだから」


べた誉めして頬を緩めた息吹が頭を下げて奥へ引っ込むと、道長は小さな声で不満を口にした。


「…先程の男と食うのか。だがあの男は…」


“あの男は、妖じゃないか”


そう呟き、晴明は瞳を伏せた。