主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

息を切らして屋敷へ戻った息吹は、ちょうど笛を箱に直そうとしていた晴明を見つけて無理矢理膝に上り込むと肩をゆさゆさと揺さぶった。


「父様ひどい!私が居る時に吹いてほしかったのに!」


「少々気分が乗っただけだよ。さあ息吹、今日は道長がここへやってくる。私と共に参内する故、用意を手伝っておくれ」


「はい。道長様…私ちゃんと返事しなきゃ」


求婚されたことを忘れていたわけではないが、どうやって断ろうかと考えただけで気が滅入る。

とてもとても良い人だから、絶対に道長が傷つかない方法で断らなければ――


「じゃあ今日は主さまとここで『源氏の物語』を一緒に読もうかな」


「そうしなさい。私の結界内に居るのが1番安全だからね。幽玄町には空海が出没している故心配なのだよ」


まさかここまで乗り込んでは来ないだろう。

現に主さまも人と変わりないほどに気配を抑えているし、息吹の傍に居たいがために必死になっているので、きっとここに空海が現れたとしても必死に戦ってくれるに違いない。

また空海がここへ来ればわかるようにあちこちに呪いを施してある。


…晴明の息吹溺愛も尋常ではなかった。


「おや十六夜、遅かったな。朝餉を食っていくだろう?食わねば相模たちが疑問を抱く。よもや息吹が作った朝餉を食わぬと言うのではあるまいな、この甲斐性なしが」


「…食わないとは言っていない。お前よくも育ての俺に甲斐性なしなどと…」


「ほらほら2人共喧嘩はやめて食べてくださいね。萌さんたちも一緒に食べるかな、それとも運んだ方がいいのかな」


「皆で食そう。その方が明るくなるからね」


息吹がぴゅっと駆けてゆくと、主さまは不機嫌全開の顔で烏帽子を膝に乗せてのほほんとしている晴明の隣に座るとすまし顔の横顔をじろりと睨んだ。


「こんな時に朝廷か」


「行かねば“また画策をしている”と詰られる。行っておけば阿呆の帝は安堵する。そなたが私の代わりに息吹を守るのだぞ」


「…言われずとも。それよりさっき山姫が来たな?お前また何か…」


「私も山姫ももう立派な成人男性と成人女性だ。何が起こっても不思議はあるまい?それとも何か?山姫にも懸想を…」


「ふざけるな。俺は…息吹だけでいい」


「私とて山姫だけでいい」


ここにも火花がばちばち。