主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

萌が自分に気があることはもちろん承知の上だが、仮にも帝の寵愛を受けて、子まで生んだ女。


また萌を可愛いとは思うが恋愛対象ではなく、晴明の見つめる先にはいつも山姫しか居ない。


「さあ、もう戻りなさい。私が抱いて…」


「…晴明様…そちらの方は…」


「それ以上尋ねぬ方がいい。山姫、そなたも用が済んだら戻れ」


「…あたしだって好き好んで来たんじゃないよ!これを息吹に」


つかつかと足早に歩み寄ってきた山姫が晴明の胸に乳の入った瓶を押し付けると、晴明は敢えてその白い手をぎゅっと握って山姫の身体をびくりと震わせた。


「…やめとくれ。もう用は済んだ。…主さまになるべく早く戻るように伝えておくれ」


「わかった。…そなたの手は変わらぬな。やわらかくて、手に吸い付いてくる」


指先で甲をなぞると思いきり振り払われて肩を竦めた晴明は、背を向けて上目遣いの萌の背中を離れの方へと押し出した。


「十六夜には確と伝えておく。…落ち着いたら会いに行く」


「ふん、別に来なくていいよ。あたしには息吹と主…さまが居ればいいんだ」


いくら山姫と言えど主さまの真実の名を無断で呼んでしまえば殺される可能性があり、語尾は掻き消えるような声だったので萌には聴こえていなかったが、晴明は話を逸らすようにして萌に極上の笑みを見せた。


「私の薬はよく効くと愛娘が絶賛してくれる。相模の脚が治る頃にはそなたの体調も改善していよう」


「ありがとうございます、晴明様」


――あの帝は色ぼけのぼんくらだが、数多くある女房たちの中からではなく、下働きの萌を選んだのだから、女を見る目はあるのだろう。


「息吹もそのお眼鏡にかなったわけだが、息吹だけを愛する男ではあるまい」


「え?」


「なんでもない。さあ、私が子守唄でも歌ってやろうか?息吹は私の子守唄を好きだと言ってくれる」


「わ、私は子供ではありません!」


「ふふふ、まあそう言うな。それより萌…私が留守の間に何人たりともこの屋敷に人を入れてはいけない。わかったね?」


「?はい…」


今は主さまと息吹が裏庭を見て回ってくれているが、後で自らの目で確認しておくつもりだ。


あの坊主は侮れない。

息吹に興味を抱くその目的もわからぬまま、晴明は作り笑いを浮かべて綺麗にそれを隠した。