主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

朝餉の前に主さまがどうしても敷地内を見回りたいと言って譲らなかったので、息吹と主さまが裏庭に消えて行くと、晴明は朝廷へ参内するために直衣を着て烏帽子を手に庭の見える部屋でのんびり茶を飲んでいた。


…そろそろ来るはずだ。


罠を放って待ち構えていると、案の定思惑通りに獲物が飛び込んできた。


「晴明。息吹はどこだい?」


「息吹なら十六夜と裏庭へ。山姫…目を吊り上げてどうした?せっかくの美貌が台無しだぞ」


「あたしは元々こんな顔さ!あんたこそ目が吊って狐そのものじゃないか」


「母が妖狐なのだから仕方あるまい。では私とそなたとの間に子が生まれたらならば、吊り目の子になるな。ふむふむなるほど」


「な…っ、何を納得してるのさ!そんなこと絶対起きないからね」


さらさらの赤茶の長い髪が逆立ちそうな勢いで身を震わせて怒っている山姫と、いちいち過剰反応する山姫の反応にほくそ笑んでいる晴明。

自ら飛び込んできた獲物をみすみす逃すはずがなく、ゆったりとした動作で庭に降りると山姫があからさまに肩を揺らして緊張したのがわかった。


「何もせぬ。そなたにはいっかな私の想いが伝わっていないように思えるが一体どうなっている?」


「…どうもこうもないさ。赤子だったあんたをあたしは知ってるんだ。恋愛感情なんかあるわけないだろ」


「ほう?それを十六夜の前で言えるか?あ奴は赤子の時から知っていて手元で育ててきた息吹に懸想しているのだぞ」


「う、うるさいね!とにかくあんたの気持ちなんかあたしには永遠に通じないからね」


「ふむ…」


気難しいことだ。

他の女を構えば複雑そうな表情をするし、かといってこちらから歩み寄ればつんけんされて怒られる。

非常に扱いにくい女だが、幼い頃から山姫は恋愛対象だった。


いつか…いつか、立派な大人になって想いを告げようと思っていたのだから、逃すはずがない。


「山姫。私は…」


「晴明様?」


奥の離れの戸を開けて声をかけてきたのは萌で、こんこんと咳をしつつも離れから出て来た萌を気遣った晴明は敢えて山姫から離れて萌の肩を抱いて諭した。


「体調が悪いならば動かぬ方がいい。さあ、横になっていなさい」


「ですが…」


山姫と萌の瞳が合った。

火花が散り、空気を焦がした。