主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

息吹の部屋は裏山に面していてもっとも風通しが良いはずなのだが、部屋を訪ねてみると…


「…!お、おい、い、い、息吹…」


主さまが言葉に詰まったのは、薄い掛け布団は足元でくちゃくちゃに丸まっていて、腕の中には赤ん坊が。

だがもっとも目を見張る光景は、横向きになって寝ている息吹の太股まで浴衣がめくれ上がっていることで、しかもちらりと胸元も見えている。

寝乱れに乱れた息吹は汗で額に髪が張り付き、駆け寄りたい衝動に駆られた主さまは先ほどの晴明とのやりとりを思い出してかろうじて踏みとどまった。


「こいつ…相変らず寝相が悪いな」


顔だけ見れば可憐そのものだが、実は赤子の時から息吹は寝相が悪い。

掛け布団を綺麗に着せて寝かしつけても明け方には掛け布団は着ておらず、寝ていた床から遠い所で爆睡していたりするのだ。


なんだか微笑ましくなってしまった主さまは、左手で目隠しをしつつ息吹の傍らに座ると赤子を膝に乗せて、息吹に掛け布団をかけてやった。


「ん……いざ、よ…」


「!」


――夢の中で会ってくれているのだろうか?

なかなか“十六夜さん”と呼んでくれない息吹は夢の中では真実の名を沢山呼んでくれているのだろうか?

やわらかく垂れた目元も昔のままで、長い睫毛に指先で触れた主さまは、半開きの唇に吸い込まれそうになった。


「あきゃあっ」


「…乳か。少し待て」


部屋を見回して、机の上に乳の入った瓶を発見した主さまが立ち上がろうとした時――



「十六夜さ……、そこ…、駄目ぇ…」


「!!!!」



一気に桃色の妄想が膨らんでしまった主さまは、瞳を見開いて上がりそうになった声を封じるために腕で口元を抑えつけた。

その間も息吹はむにゃむにゃと言葉にならない声で何かを呟いていて、これ以上息吹の寝言と姿を見ていると理性が吹っ飛んでしまうと自覚した主さまは、息吹の肩を激しく揺すった。


「息吹、起きろ。息吹!」


「…!?あ、主、さま…?え…?あ…、やだ見ないでっ」


掛け布団を頭から被って着崩れた浴衣を着直している息吹はいつもの息吹だ。


…。だが夢の中で一体自分は息吹に何をしていたのだろうか?


「…お前…何の夢を見ていた?」


「え?覚えてないけど…どうして?」


「…いや、なんでもない」


振り回されっぱなし。