主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

数時間を経て眠りから覚めた主さまは、完全に気配を絶って屋敷から抜け出すと、空を駆けて平安町の晴明の屋敷へと向かった。

その間上空から何か変化はないかと警戒して見回ったが…今のところは平穏に見える。

…空海が何故息吹に興味を持つのかはわからなかったが、生臭坊主と仲良くなるのは全くもって気持ちのいいものではない。


「晴明、居るか」


庭に下り立った後無断で晴明の部屋に乗り込むと、すり鉢とすり棒を持って何かを作っていた晴明が顔を上げた。


「早すぎるぞ。寝込みの息吹を襲う気か」


「…お前はとことん俺を信用していないようだな」


「当然だ。私に隠れてこそこそと息吹に手を出そうとしているのはどこのどいつだ?」


「…」


言い訳をすればいいのに晴明の前に立つと何故かそれができない主さまが黙り込み、晴明は顎で座るように指図するとすり鉢を脇においてすり棒で肩を叩いた。


「昨晩そなたが百鬼夜行に出た後、幽玄町で不穏な力を感じた。空気が揺らいだような胎動のような…。知っていたか?」


「ああ、雪男から報告を受けた。空海が俺と息吹の探りを入れているらしい」


晴明の眉がぴくりと上がり、機嫌が斜めになったのが明確にわかったので、主さまは座ったままゆっくりと晴明から距離を置くと腕を組んで眉根を寄せた。


「…そなたはともかく、息吹を?」


「真意がわからない。空海と話せる立場にあるのならばお前から探りを入れろ。…もし息吹に惚れたようならば…」


「好敵手出現、だな。まああの子は器量良し故男が奪い合うのは避けられぬと思っていたが…私も坊主の嫁にするつもりはさらさらない」


お許しが出てほっとした主さまは開けた襖の方へちらちら視線を走らせながら咳払いをした。


「あー…それで…その…」


「行っても良いが、手は出すな。わかったか?」


「…わかった」


主さまはどうあっても晴明に逆らうことはできず、ぶつくさと小さな声で不満を言いつつ廊下を歩く。


「あいつは俺が育てたも同然なのに…何故あんなに高圧的なんだ。腹が立つ…」


だがそれを晴明に堂々と言ってしまえばまたぐうの音も出ないほどこてんぱんに言い負かされるだろう。


主さまはそれをわかっているので、胸をときめかせながら息吹の部屋に前に立った。