主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

主さまが帰って来るや否や、待ち構えていた雪男は空海が来たことを報告した。


空海が幽玄町を嗅ぎ回り、赤鬼と青鬼の目を搔い潜って幽玄橋を行き来していることは主さまにとって気持ちのいいものではない。

あの橋を行き来できるのは晴明と息吹だけだ。

だがその後赤鬼と青鬼に真偽を問い質すと、“誰も橋を通っていない”と言っていたから、何か知らの術で姿を消しているか…


あの空海の目的は銀の捕獲と帝の落胤…相模を見つけ出すことなのだろう。


だがそこにどうにも息吹の入手も加わっているような気がした主さまは、小雨が降り出した空を険しい表情を見上げながら煙管を噛んだ。


「…また来ると言っていたんだな?」


「ああ。でも俺もちょっと攻撃してやったから数日は指先が痺れて高度な術は使えないはず。数日は時間を稼げると思う」


「よくやった。息吹はしばらくここへはやって来ないが、俺は息吹を守りに行く。……なんだその不満そうな目は」


「主さまばっかずりぃよ。“平等に”って言ったろ?」


――平等も何も…息吹が嫁に来ることは決定しているのだが、それを雪男に自慢げに告白して傷つけるつもりはさらさらない。

雪男の不平に無言で返した主さまは、自室に戻ると数時間だけ短い睡眠を取った。


「空海、か。俺に探りを入れに来たのか?」


数十年…数百年という割合で数度幽玄町にまで鼻息荒く乗り込んでくる輩が居る。


“妖が支配する町などあってはならない”と声を上げ、徒党を組んだ坊主や朝廷の輩だ。


傷つく百鬼も居たが、頭の主さまを倒さない限りは彼らは統制を組んで動き続ける。

また主さまを傷つけられれば…抑えていた力を解放し、一気に人に襲い掛かる。


危うい均衡だが、これを崩してしまえば主さまも容赦はしない。

だからこそ長年幽玄町は自治できているのだ。


「坊主が…。俺が目的ならともかく、息吹に手を出せば…」


部屋には主さまの感情に呼応して鬼火が飛び回り、その気配に恐れを為した山姫たちはそそくさと各部屋へと退がった。


今まで鬼八を封印するために鬼族の中から力の強い女を選んで血を繋いできたが、もうそうする必要もない。

…息吹が最初で最後の妻となる。


「…会いたい」


いつでも、どこに居ても。