主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

玄関には人が無断で入ってこれないように主さまが強力な術をかけているし、また晴明も協力して屋敷全体に百鬼以外の妖が近付けぬように結界が張られている。


その笠の男はだからこそ中へ入ってこれないのか、垣根越しに雪男に声をかけてきた。


「空気が冷たい。…雪男か」


「…お前誰だ。無断で主さまの屋敷に近づくと痛い目に遭うぞ」


警戒も露わに尖った声を上げると、笠の男はしゃらんと音を立てていた錫杖を持ち上げて雪男に見せた。


「ただの坊主だ。幽玄町の妖に手を出すと百鬼夜行の王が乗り出してくる故手出しはせぬ。……息吹は居るか」


「…は?息吹…?お前…息吹に何の用だ」


“息吹”という名が出た瞬間雪男から殺気が吹き出し、冷気が坊主を…空海を包み込んだ。

元々非常に妖力の高い妖なのだが、だからこそ百鬼夜行には同行せずに主さまの代わりに幽玄町を守る役割も果たしている。

一気に襲ってきた冷気と妖力に指先が凍りかけた空海は錫杖の先で地面を強く叩くと身体の回りに結界を張り、なんとか凍傷だけは避けた。


「私は空海と言う。前日幽玄町で出会い、少し会話を交わしただけだ。何も危害を加えようとは毛頭思っていない」


「当たり前だ。息吹はただの人間の女の子だぞ。息吹に何かしたら俺だけじゃなくて他の妖や主さまが黙ってないからな」


「わかった。今日は退散しよう。…いずれ“主さま”とやらにも挨拶をしに来る。…私に攻撃をしていたらやり返そうと思っていたが、賢明だったな」


――実際問題、空海からは“ただの坊主”という印象を受けていなかった雪男は、臨戦態勢に入りつつもそれ以上空海に向かっていかなかった。

…見えないはずの未来が見えたからだ。


炎に包まれて溶けてしまう自分の姿を――


「ではまた来る。息吹に私が来たことを伝えてほしい」


「…」


雪男は返事をしなかったが、空海は悠々とその場から去り、奥で息を潜めていた山姫と雪女はたっぷり間を取ってから奥から出てきた。


「あの坊主…格が高そうだったね。また息吹は変なのと知り合っちまって…主さまにどやされるよ」


「…息吹に何かするつもりなら受けて立つ。あいつが来たこと、息吹には言わないでおこう。関わり合ってほしくないんだ」


「あいよ。でも主さまには報告するからね」


雪男の瞳は、滾っていた。