主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

夕暮れになって幽玄町に戻ると、少し遅刻してしまった主さまは庭に溢れ返っている妖たちの間を縫って歩きながら縁側で雪女と談笑していた山姫を見つけた。


「主さま遅いですよ。みんな待ちくたびれちまってますよ」


「息吹の所へ行っていた」


ぴくりと頬が動いた山姫がやはり晴明のことを気にかけているのは明白で、一旦着替えるために自室へ戻った主さまが襖を閉めようとすると山姫が追いかけてきた。


「…で?」


「…なんだ?それ以上報告することは何もない」


「…せ、晴明の屋敷に人間の女が居たじゃないですか。べ、別に気にしてないですけど珍しいこともあるもんだって思ってただけですよ」


「晴明の屋敷にしばらく滞在するらしい。…上品で控えめな美女だ。あいつもとうとう身を固める決意をしたか」


言うだけ言って襖を閉めて聞き耳を立てていると、山姫がぼそりと呟いた。


「…どうせあたしは上品じゃないし控えめでもないよ」


やはり萌を気にしていたらしく、それについては聴いていないふりをして着替えを終えた主さまが部屋を出ると、山姫は居間の机に頬杖を突いて膨れっ面をしていた。

もっとからかってやりたかったのだが、もう百鬼夜行に出なくては。


――庭に下り立った時、この暑さで日中は地下の氷室と化した部屋にこもりきりだった雪男が出て来ると、主さまの肩を指で突いた。


「なんだ」


「明日は息吹来るよな?」


「…これからは事情があって毎日来ないかもしれない」


「え?そうなんだ…じゃあいいや、会いに行くから」


「…」


ちらりと睨むと首を捻って目が合うのを回避した雪男は屋敷を守るために百鬼夜行には出て行かず、猫又やぬらりひょんといった顔見知りに手を振った。


「じゃあみんな気を付けてな」


「お前こそ気を抜かずにしっかり警戒しろ」


「わかってるって。行ってらっしゃい」


――そう言って送り出したのだが…


それから数時間後、細かく削った氷を口に運んでいた雪男は妙な気配を感じて匙を置き、立ち上がると険しい表情になった。


「なんか来た。母さんたちは奥へ」


しゃらん、と何かが鳴ったような音がした。

警戒も露わに庭に下り立った雪男は、塀からちらりと見えた笠を見た。