主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

何も息吹の全てを束縛できるとは思っていない。

妖以外の者と接触することも大切だと思っているし、1年後は息吹は幽玄町の住人となる。

…だが幽玄町の住人と息吹の違うところは、息吹は幽玄町と平安町を行き来できることだ。


息吹の実家は晴明の屋敷がある平安町だし、もとより今でも行き来しているのだから誰も不満は口にしないだろう。


「きゃあああん」


「あ、お乳をあげなきゃ」


「まあまあ…可愛らしい…。息吹さん、私にも抱かせて下さいな」


息吹が萌に赤子を渡すと、息吹の腕ではないのを察知したのか赤子がぐずり、息吹はそれを内心誇らしく思いながらも乳の入った瓶を萌に手渡してやわらかい髪を撫でてやると、少しだけ落ち着いた。


「息吹さんと…十六夜さんの赤ちゃんなの?」


…また真実の名を呼ばれてしまって主さまの眉がぴくりと動いたが、息吹の唇が小さく“ごめんなさい”と言ったので仕方なく返事をした。


「違う、まだだ」


「まだとか言わないで!ずっとずーっと先のことだもんっ!」


「そうだぞ、1年未満で子ができてみろ。…どうなるかわかるだろう?」


笑顔だったがひんやりとした空気を纏った晴明に脅されて肝を冷やした主さまは、乳を飲みながらこちらに向けて手を伸ばした赤子の小さすぎる掌に人差し指をあてるときゅっと握りこんできて、量らずも笑みを浮かべた。


「で、できません!父様も変なこと言わないでっ。私…片づけてきますねっ」


「俺も手伝うっ」


脱兎の如く息吹が居なくなって、その後を相模が追って部屋に3人残った時――萌が静かに口を開いた。


「…追われています」


「知っている。先ほどそなたと話してから相模がやんごとなき血筋であることはわかっていた」


「…はあ?」


ひとり話が見えていない主さまが疑問の声を上げると、晴明は扇子を開いて口元を隠しながらひそりと笑んだ。


「子種を絶たれた帝が血眼で捜しているのが…相模だ」


「…ということは…」


「一条天皇が…あの子の父なのです」


――さすがに主さまが目を見張った。

息吹を見初めて息吹と強引に既成事実を結ぼうとしたあの帝が父…そういえば優しそうな顔立ちがどことなく似ていて、最初から気に食わなかったはずだ。


「あいつ…妙な拾い物をしたな」


「ふむ、そなたと同じだな」


閉口。