主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

何度か唇を重ねているうちに息吹もそれに応えて瞳を閉じた。

それで積極性が増した主さまは、息吹の後頭部に手を回して支えると、さらに深く息吹の唇を侵食して息吹をとろけさせた。


「主さ…帰らなきゃ…」


「まだ帰らなくていい。お前はそんなに早く帰りたいのか?」


「ちが…、私も…一緒に居たい。でも誰かに見られるかも…」


「見られたからなんだ?人の目など気にするな」


幽玄町であればこうはいかない。

そこここに姿を消して隠遁した妖たちが跋扈しているのだから、こんなことをあの町でしていたら、すぐに皆に知れ渡ってしまっただろう。

もちろん平安町をうろついている者も居るだろうが、主さまは善良な市民を理由なく襲うことを禁止させていたので、夕暮れの今はまだうろついてはいないだろう。


「百鬼夜行は…?お休みできるの?」


「…夕餉を摂ってから行く。まだ大丈夫だ」


息吹の唇をちろりと舐めて身体を離したが、息吹が名残惜しそうに着物袖を掴んだので、主さまも気分が高揚しようになるのを抑えながら息吹の手を引いて立ち上がらせた。


…ゆっくりしていられなかった。

今夜も百鬼夜行があるのだから、この国の妖を束ねる主として息吹の傍を離れなければならない。


だがいつか…1年後、息吹を妻にして子が生まれれば、代替わりができる。

息吹の傍に居て、時に晴明や山姫や雪男をからかいながらゆるりとした時を過ごすことができる日を夢見ながら息吹に小さく笑いかけると、息吹も主さまの心情を察したように笑い返して籠を主さまの胸に押し付けた。


「帰ろ。主さま、相模と喧嘩しないでね。相模はまだ子供なんだし仲良くしてほしいの」


「…人とは親しくならない。お前以外は」


晴明は半妖なので人ではなく、息吹は人だが例外だ。

特別扱いは息吹を喜ばせたが、時々主さまが妖であることをすっぽり忘れてしまう傾向のある息吹は主さまに約束を取り付けた。


「主さまが主さまだってことがばれちゃ駄目だからね。人っぽくしててね」


「…わかった。ちなみに俺の名はなんだ?」


真実の名を名を呼んでいいのは、晴明と息吹だけ。

主さまがねだると、息吹は手を繋いで屋敷へと向かいながら背の高い主さまを見上げた。


「十六夜さん」


逆光で表情はわからなかったが…主さまは微笑んだように見えた。