主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

主さまが手を引いてくれる――

それも、姿を消さずにだ。

朱色の帯に濃紺の着物姿の主さまは一際目立ち、息吹は主さまから手を引かれながら嬉しくて仕方がなくなって、腕に腕を絡めた。


「……やめろ」


「主さま照れてる。ね、逢引みたいだね。帰りは柳通りを通って帰ろうよ」


柳通りとは平安町の名物で、川の両側を背の高い柳の木が首を重たげに垂れて葉を茂らせていた。

恋人同士の憩いの場とも知られており、柳の木に隠れて口づけを交わす男女の姿は夕方そこここで見られる。


「卵見つけたっ!主さま持ってね」


「…籠を寄越せ」


何だかんだと言いつつ主さまも息吹と2人きりで出かけられることについては嬉しく思っているし、ただそれを素直に口に出せないだけ。

肝心の息吹は色気もへったくれもなく食材選びに熱中していて、主さまは主さまで皆から注目を浴びてすでにうんざりしながら楽しそうにしている息吹にじっと視線を注いでいた。


――誰もが幽玄町の主がどんな妖なのか知らない。

ましてや幽玄町に住んでいる者たちすら知らないのだから、冴え冴えとした美貌の主さまは若い女を中心に好奇の目で見られ、本人はそれを気にしていなかったが…息吹がそれに気付いた。


「…主さま行こっ。鳥も卵も七草も買ったから帰ろ」


「急にどうした」


「…なんでもないよっ。行こ」


…主さまは主さまで、誰よりも可愛らしくてくるくると表情を変える息吹に話しかけたがっている若い男たちにきりきりしていたので、これみよがしに息吹の指に指を絡めると柳通りに向かって歩を進めた。


「主さま歩くの速いよ、転んじゃう!」


「…そこに座れ。休憩を取る」


川沿いの土手には普段恋人同士が腰かけて夕焼けを見たりしているのだが、今日に限って人は無く、丈の短い草の上に座ると主さまが胸元に手を突っ込んでとある物を息吹に見せた。


「あ、金平糖だ!私のために…買ってくれたの?」


「…俺が食いたいだけだ」


包みを開いて2人で代わる代わる色とりどりの金平糖をつまんで口に入れると、かりこり音を鳴らしながら暮れてゆく空を見上げた。


そうしながら草の上についていた息吹の手の上に手を重ねて、心を重ねる。


「…晴明には言うな。俺が怒られる」


念を押して、息吹の唇に唇を重ねた。