主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

相模が新品の直垂と草色の括袴に着替えて戻って来ると、息吹を見て所在無げに入り口に立ったまま入って来ようとしなかった。


「相模?どうしたの?」


「これ…新品だし…子供用だけど、高価なんだろ?こんなの着慣れてないから…」


「父様の気持ちを慮ってくれるのなら快く着ていてほしいな。私たち2人暮らしだからお客様が来てくれて嬉しいの。だから…ね?」


…その語尾の“ね?”が異様に可愛らしく、息吹たちに姿が見えていないはずの主さまは着物の袖で赤くなった顔を隠しながら息吹の背後に腰を下ろした。

この餓鬼…相模と言う少年は、間違いなく息吹を好いている感じがする。

息吹は全く気付いていないが、相模は何度もちらちらと息吹を盗み見しているし、隙あらば手だって握ろうとしているかもしれない。


独占欲の激しい主さまの身体からじわりと殺気が滲み出ると、相模は悪寒を感じたように身を震わせて自身の身体を抱きしめた。


「寒い?風邪引いたのかな…大丈夫?」


「ううん、なんか一瞬ぞわっとしただけ」


それで何か感づいた息吹は小さな声で“めっ”と言うと、貝を混ぜ合わせて背筋を正した。


「もうひと勝負!」


――その頃、萌と2人きりになっていた晴明は床の傍らに座り、あまりにも貧しい暮らしぶりの理由をやんわりと問い質していた。


「まだ少年の相模が家計を支えるのは難儀なことだ。父はどうした?」


「……居ません」


「生き別れたのか?よもや離縁か?そなたのような美女を手放すとは思えぬが」


一瞬萌の頬がほんのり桜色に染まったが、相模の父がどうしているかを訪ねる晴明から視線を逸らして唇を引き結んだ。


「相模の父は…相模の存在を知りません。この身に宿した時私が自ら去ったのです。…身分違いでしたから」


「…ほう?では相模の父は朝廷の者なのか?どうやって出会った?」


「私は…女房様方から小言を申し付けられる使用人でした。主に掃除や給仕などの雑務を仰せつかっていたのですが…そこで…」


「見初められたか。ふむ…そうか…」


萌は晴明の何もかもを見透かすような視線に耐えきれなくなり、背中を向けてそれ以上の会話を無言で拒絶した。


だが晴明はその短い会話の中で幾つもの重要な鍵を得ており、萌に負担をかけないようにそっと離れを後にした。