姿を消して息吹の部屋へ侵入した主さまは…晴明が“男”と呼んだ少年の前で微かなため息をついていた。


…男は男だが…まだ餓鬼だ。

十にも満たない少年が息吹と笑い声を上げながら貝合わせをしている風景はある意味微笑ましかったが…主さまはそれを許さない。


「息吹の敗けー。俺より年上なのにすごく弱いのな」


「い、今のは敗けてあげたんだもん。次は本気出すからっ」


頬を膨らませながらむきになっている息吹と、投げ出した右足首が腫れている少年…

一体どういう関係性なのか全くわからなかったが、この少年のせいで今日息吹が幽玄町へ来なかったのは確かなこと。


じっと見ていると、貝をがしゃがしゃ交ぜていた息吹の手に少年の手が触れた。

息吹はそれを気にも留めていなかったが…少年の方は違う反応を見せた。


「ご、ごめんっ」


「?ううん、それより相模…脚大丈夫?熱持ってない?もう休んだ方がいいんじゃない?」


「大丈夫。続きしようよ」


――その時式神の童女が手に相模の着替えを持って現れると、部屋の入口に立っていた主さまに会釈をした。


息吹は最初その意味に気付かなかったが、風が吹いてもいないのに相模の髪が突風に吹かれ、それで侵入者に気付いて笑みを噛み締めた。


「息吹?」


「隣の部屋でそれに着替えておいでよ。父様が用意してくれたみたい」


「うん」


着替えを持って相模が部屋を出て行くと、息吹はどこに居るかわからない侵入者に声をかけた。


「これ使う?」


「…」


いつも携帯している巾着袋の中から取り出したのは『是』と『否』が書いてある紙と1枚の貝。

返事はなかったがきっとすぐ傍に来てくれるだろうと確信していた息吹は、紙の真ん中に貝を置いた。


「私に会いに来てくれたの?」


…貝は数分の間動かなかったが、すすすと動くと『是』の上で止まった。


「あの子が誰だか気になってるんでしょ?」


今度はすぐ明快に『否』の上で止まり、相変わらずのひねくれ者の性格にまた笑みが零れると、相模がまだ戻って来ないのを確認しつつ声を潜めて囁きかけた。


「後でちゃんと話すから待ってて。ね?」


畳についていた手に、あたたかな手が重なった感触がした。