息吹に近づく男に容赦はしない――

殺気立った主さまが姿を消して山姫と共に晴明邸を訪れた時、主さまの来訪を察知していた晴明は庭で2人を待ち受けていた。


「…息吹はどこに居る」


「己で捜せばいい。男と楽しく貝遊びをしているやもしれぬが」


「……」


いらっとしつつも晴明の脇を通り過ぎて屋敷の中へ消えてゆくと、山姫はぶっきらぼうに乳の入った瓶を差し出した。


「これを息吹に渡しとくれ」


「会って行かぬのか?喜ぶと思うが」


「あたしは主さまみたく暇じゃないんだ。ちゃんと渡しとくれよ」


晴明の顔も見ずに踵を返そうとした時――


「晴明様…」


「おや、萌?どうしたんだい?」


「……萌?」


晴明の屋敷に息吹以外の者が滞在することはとても珍しく、しかも声は女のものだったので、山姫は思わず顔を上げるとその萌と呼ばれる女と目が合った。


「晴明様…そちらの方は…」


「ああ、私の知り合いだよ。それよりどうしたんだい?先程飲ませた薬は眠りを誘うはずだが」


「独りでは心細くて…」


――女はたおやかで線が細く病弱そうに見えた。

…が、その線の細さが逆にその女…萌を“守らなくては”という気にさせて、いつもは女に関心のない晴明も萌の方に身体を向けると肩を抱き、山姫の胸を少しだけちりりとさせた。


「では私が眠るまで共に居てやろう。山姫、この乳は確と息吹に渡しておく。ここまで出向かせてすまなかったな」


「………別にあんたのためじゃない」


ふいっと顔を逸らして駆け足で屋敷を後にしていった山姫の態度にほくそ笑んだ晴明は、心配げに見上げて来る萌を笑顔で見下ろすとぽうっとさせた。


「知り合い…ですか?」


「私が幼き頃からよく知っている女だよ。ふふふ、勘違いしていた風だったが…よしよし、では離れへ行こう。相模は息吹と遊んでいるからしばらく戻らないよ」


先程主さまが向かったので恐らく面倒なことになるだろうが…それもまた面白い。


「私から大切なものを奪ってゆくのだから、奪われるまでは遊ばせてもらうぞ」


「え?」


独りごちて楽しそうに笑う晴明を不思議そうに見上げていた萌だったが、晴明を独占できる喜びに密かに胸を震わせていた。