主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

「母様、手が痛いよ…母様っ」


何度か山姫に訴えると、路地裏に来たところでようやく立ち止まり、手を離してくれた。


が、山姫の背中が怒っているように見えてそれ以上声をかけられずにいると…肩で息をついたのがわかった。


「母様…」


「…さっきの男は僧だよ。それも力の強い…名のある僧さ。どうやってここに忍び込んだのか…まさか…主さまを…!?」


そう想像してしまった山姫と息吹は顔を見合わせ、それから先を急ぐように屋敷へと戻ると、屋敷は相変わらず静寂に包まれ、僧が立ち寄った気配はなかった。


「主さま!」


「…なんだ?」


ぐずる赤子をあやしていたのか、床に座ったまま“高い高い”をしてやっていた主さまの無事を知ってへなへなと座り込むと、早速赤子が息吹に手を伸ばした。


「あきゃっ」


「良かった…無事で…」


「だから何があったのかと聞いている」


襖を閉めなかったので、客間の方から山姫がきちんと正座をし、主さまにさっきの件を報告した。


…仏頂面で。


「幽玄町に僧が入り込んでいました。あれは絶対名のある僧です。主さまに何かあったんじゃないかと思って急いで帰って来たんですよ」


「……俺を心配した…だと?」


山姫がはっとなり、表情がみるみる青ざめる様を見た息吹は、主さまの手から赤子を奪い取るとその手に乳の入った徳利を押し付けた。


「はいこれ!今日は主さまがお乳をあげてね」


「なんで俺が…」


「母様、後で一緒に昼餉を作ろうね。用意だけしてもらっててもいい?」


「あ、あいよ」


うまく主さまの気をはぐらかしてほっとした息吹は、手慣れた手つきで乳を含ませてやっている主さまを見上げた。


「主さまは子育てを手伝ってくれる素敵な父様になりそう。早く私にも…」


「…晴明を怒らせてもいいのなら今でも可能だが?子作りするか?」


「!ば、馬鹿!やだやめて触んないでっ」


主さまに手を握られてどきどきしてしまうと、主さまが鼻で笑い、手を離した。


「僧…と言ったな。百鬼たちに警戒を怠ることのないように言っておく。お前も気を付けろ」


「うん。主さまも気を付けてね」


「ああ。僧如きに俺がやられるものか」


この時誰もが僧の存在を危惧していなかった。


誰もが…