主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

1年後に主さまのお嫁さんになることを知っているのは晴明と銀だけ。

“いつも通りにしなければならない”というのがどういうことだったかわからない息吹は、皆の前で主さまと話をするのを自然に避けていた。

また主さまも同じで、皆の前で息吹と話す時は極端に口数が減っていた。

だが、主さまの部屋で2人きりになる時は違う。

晴明や銀はいつも幽玄町に来ているわけではなく、雪男は夏場に弱いので地下の氷に閉ざされた部屋から滅多に出てくることはない。

2人きりになる時は、赤子に乳をやる時が多い。


息吹はこの日も山姫と一緒に街へ行くと乳を分けてもらい、山姫を待っている間にぷらぷらとその辺を歩き、街を見て回っていた。


平安町と幽玄町はなんら変わらない。

家屋はやや幽玄町の方が古いかもしれないが、平安町は綺麗すぎて、なんだか落ち着かない。


「母様、遅いなあ」


桃色の簪を見つけて手に取って見ていると、どこからか不思議な音がした。


しゃらん。

しゃらん。


耳に心地よく、その音の出どころを捜して歩き回っていると…見つけた。


笠を被り、僧服を着て錫杖を手にした男だ。

後ろ姿は細く、錫杖で大地を叩く度にしゃらんと音がして、その音に吸い込まれるような気分になった息吹は男を追いかけるようにして後をついて行った。


「なんだろ…なんか、懐かしい」


しばらく歩いた後、男が立ち止まった。

そして息吹も立ち止まって背中をじっと見つめていると、男が振り返った。


…まだ若い。

年配かと思ったが、まだ20代だ。

長く黒い髪を1本に括り、笠を目深に被った男は少し笠を持ち上げ、息吹を見据えた。


目元は下がり、口角が上がっている男はいつも笑みをたたえているようで、見つめられていると…なんだか背筋がぞくぞくしてしまい、後ずさりをした。


「…そなたは…?」


「え…、わ、私は…」


「息吹!」


強い口調で呼びかけられて振り向くと、山姫がものすごい剣幕でずんずん近付いて息吹の手を強く握ると無言でその男から離れた。


息吹は肩越しに1度ちらっと振り返ったが…


男は、消えていた。