主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

「主さま、こっち見ちゃ駄目だからね。絶対後ろ向いててねっ」


重々息吹から注意され、膝に赤子を乗せた主さまは息吹に背を向けて首が自然と振り返りそうになるのをなんとか堪えていた。


「何度も俺を助平扱いするなと言っている。それよりお前…さっき雪男と何を話していた?」


「え?うん…ちょっと口説かれちゃった。膝にも乗っけられて…」


「…なに?」


思わず振り返ってしまうと、橙色の帯を巻こうとしていた息吹の長襦袢姿をばっちり見てしまい、互いに口があんぐり。


「や、やだ!見ちゃ駄目って言ったでしょ!?」


「お、お前が妙なことを言うからつい…」


「馬鹿馬鹿!助平!むっつり!」


「…」


言い返せず赤子に目を落とし、目が合うと赤子がへらっと笑った。

まるで赤子の時の息吹のように見えてきてつい笑みを漏らすと、しっかり着物を着た息吹がすとんと隣に座り、赤子を主さまから受け取った。


「本当に可愛い…。こんなに可愛い子を捨てるなんて…」


「お前の方がもっと可愛かった。だから育てる気になったんだ」


口から突いて出た言葉に対して息吹がきょとんとすると、主さまは眉をぴくぴくさせながら顔を逸らした。



「主さま…嬉しい…」


「…気まぐれだ。だが気まぐれでもお前とこうなれたから、間違ってはいなかった。いずれ俺との間に子もできる。今のうちに抱き方や襁褓の替え方を練習しておけ」


「!そ、そっか…じゃあ両方とも主さまに教えてもらってもいい?ちゃんとした抱っこはどうやってやるの?」


「こうだな」



しっかりと首を支えて赤子を抱っこした主さまはなかなか様になっていて、見よう見まねでまた赤子を受け取り、きゃっきゃと嬉しそうな声を上げた赤子に瞳を細めた時――


「きゃっ!?」


じんわりと膝が濡れる感触がして声を上げると、赤子が脚をばたつかせてぐずり、主さまが珍しく声を上げて笑った。


「ふふ、粗相をしたな。ついでに風呂の入れ方も教えてやるからお前も入って来い」


「うん」


まるで本物の夫婦になった気がした2人は顔を見合わせて笑い合った。