主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

銀の腕に抱かれていたのは…まだ目が開いたばかりの小さな小さな女の子の赤子だった。


主さまは瞳を細めてその“物体”を見つめ、息吹は銀に駆け寄ってその小さな女の子を覗き込み、歓声を上げた。


「可愛いっ!銀さんの子供なの?」


「馬鹿を言え、俺は華の独身だぞ。これはな、昨晩幽玄橋の下に捨てられていたらしいんだ。泣き声がしたから赤鬼と青鬼が下りて見に行ったら、これが居たらしい」


「え…、捨てられて…たの…?」


――幽玄橋に捨てるということは、“妖に食われてもいい”ということ。

幽玄町の人間は決して幽玄橋を渡ろうとしないし、ましてや赤子を拾ったりもしない。

自分たちがいつ食われてもおかしくない身なのだから、己の命を守るだけで精いっぱいなのだ。

粛々と生きていかなければ…今は大人しい妖たちは機を窺って命を奪いにやってくる。


「そうだ。親御を探してやろうかとは思うが、橋に捨てられていたのだから名乗り出て来ることはないだろうな。おや…?」


話している最中、目が覚めた赤子が息吹に向かって手を伸ばし、赤子を抱っこしたことのない息吹は恐る恐る銀から赤子を受け取りながら胸の底から湧き上がってくるあたたかな気持ちに動揺した。


「主さま…この子、可愛い…」


「美味そうではあるな」


「え…」


…主さまたち妖は、人間を“対等の存在”として見たことがない。

互いの間に結ばれた掟を破れば命を奪って食い、決して馴れ合うことはないのだ。


だからこの赤子も主さまたちからしてみれば、“食い物”なのだ。


息吹はそれをすっかり忘れてしまっていて、赤子をぎゅっと抱きしめ、主さまたちから背を向けた。


「息吹?」


「銀さん…この子…私が預かってもいい?私も親御捜しに協力したいの。…駄目?」


皆が顔を見合わせ、顔を上げない息吹の態度を気にしながらとりあえず頷いた。


「俺たちはいいが…晴明はどうする?」


「説得します。この子は私が…」


「いいとも、反対はせぬ」


「!父様!」


息吹の心情をひとり読み取った晴明が到着し、息吹は笑顔を弾けさせ、顔を上げた。