主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

主さまと会うのが楽しみで仕方なくて、夜あまり眠れずにいた息吹は陽が上っていない間に起き、浴衣のまま庭に出るとずっと空を見上げていた。

この時間、百鬼夜行が空を駆けて幽玄町に戻って行く光景を見ることができる。

縁側に座ってお茶を飲んでいると、庭の池に住み着いている人魚が空を指した。


「息吹、来たよ」


「あ、ほんとだ…。人魚さん、ありがと」


白い軌跡を残しながら主さまを筆頭に百鬼夜行が駆けてゆく。

遠すぎて先頭の主さまを見ることができなかったが、長い列は主さまを慕うあたたかな白い軌跡。

見えなくなるまで見送った後台所へ行き、なるべく音を立てないようにして朝餉を作ると部屋に戻り、丁寧に髪を梳かして薄化粧をして、薄桃色の着物を着ると屋敷を抜け出た。


…とはいっても晴明にいつも見透かされている息吹は屋敷を出た場所に横づけされていた無人の牛車を見て苦笑した。

一緒に行けばいいのだが…なんだかそれも気恥ずかしくて、牛車に乗り込むとまだ人通りもない平安町の碁盤のような整備された道を通り、幽玄橋を渡って赤鬼と青鬼に挨拶をした。


「赤ー、青ー、おはよ」


「おお息吹!今日は一段と早いな。…銀はどうしている?」


「銀さん?用事があるからってあまり会ってないけど…どうしたの?」


「ん?い、いや、なんでもない。さあ早く行け、さっき主さまが帰って来たぞ」


「うん、知ってる」


――にこっと笑いかけて御簾を閉じると無人の牛車が動き出し、主さまの屋敷に着くまでにまた手鏡を覗き込んで髪を整えると、胸が苦しくなってきた。


「主さま起きてるかな…。起きるまで待ってた方がいいのかな」


独りごちていると牛車が止まり、その音を聴きつけた雪男が御簾を上げて少し照れたような表情できょとん顔の息吹に笑いかけた。


「来ると思ってたから待ってた。ほら、手」


「雪ちゃんおはよ、ありがと」


手を貸してもらって牛車から降り、一目散に屋敷へ駆け込むと主さまの部屋の襖を勢いよく開けた。


「主さまっ」


「…なんだ、閉めろ」


「きゃっ!ご、ごめんなさい!」


…生着替え中だった。