主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

多忙の道長はいつもそんなに長居をしない。

だが未練もたらたらに何度も息吹を振り返りながら庭に下り、手を振った。


「また来る。…息吹…その…俺が以前そなたに言ったこと…覚えているか?」


「え…、は、はい。その…もうちょっと時間を下さい。ごめんなさい!」


「う…、あ、いや、急かしたわけでは……じゃあもう行く。またな!」


逃げるように牛車に乗って屋敷を後にすると、縁側に寝転んでいた銀がふさふさの尻尾を動かしながらにやついた。


「ほう?あいつ、息吹に求婚でもしたか?面白いな」


「銀、毛が散る故尻尾を動かすな。ああほら、息吹もやめなさい」


もふもふの尻尾を両手で握って感触を楽しみながらも道長に対して申し訳ないと思いつつ、息吹の頭の中は主さまのことでいっぱいだった。

道長が入り込む余地など微塵もない。

本当は今すぐ主さまに会いたいけれど、1年間花嫁修業をしながら晴明の傍に居ると決めたのだ。


「銀さん、今日は泊まって行ってね。美味しいお料理沢山作りますっ」


「ん、そうしたいんだが…ちと用があるから俺も行く。親子水入らずで過ごすといい。晴明、襲うなよ」


「私を十六夜と一緒にするな。用があるならば早く行け」


邪険にされても銀は小さく微笑み、逆に晴明はそれを不審がり、銀の背中にそっと小さく切り取った人型の式神を貼りつけたがすぐに看破され、剥がされてしまった。


「俺の後を追おうとするな。息吹、また明日の朝来るから一緒に行こう」


「はいっ」


銀を出入り口まで見送り、姿がみえなくなると懐に手を入れ、『是』と書かれた文にまた目を落とし、にやついてしまった。


「主さま…」


『是』と『否』のやりとりはとても楽しくて、きっとこれからも続けるだろう。

明日がとても待ち遠しくて、屋敷内に駆け込むと、主さまに耳と尻尾が生えるという想像がぶり返した息吹はのんびりと欠伸をしていた晴明の背中に回り込んで肩を揉んでやりながらおねだりをした。


「ねえ父様、主さまにふかふかの耳と尻尾を…」


「ああ、隙をついてやってみよう。ふふふ」


「ふふふふふ」


親子水入らずで、悪巧み。