主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

達筆で書かれたその文字に笑いが止まらなくなった息吹は、文車妖妃を引き留めて屋敷の中に駆け込んだ。


「父様!主さまから文が来ましたっ。私の勝ちっ」


「おや、負けてしまったか。どれどれ」


そして文に目を通すとみるみる口元が緩み、咳払いをしながら息吹に文を返すと背を向けて笑いを堪えた。


「勝負は決したな。では十六夜の屋敷へ遊びに行くといい」


「ううん、行きません。今日は父様とずっと一緒に居るって決めてたの」


「ほう?何故かな?」


髪紐についた鈴をちりんと鳴らしながら晴明の机の引き出しから和紙を1枚拝借すると畳に置いて筆を取り、にっこり笑いかけた。


「私たちは父娘でしょ?お嫁に行ったらそんなに会えなくなるし、だから父様との時間を大切にしたいの」


「息吹…。ではお言葉に甘えてそうさせてもらおうか。今日は父様の仕事を手伝っておくれ」


「はいっ」


そしてまた一筆したため、転げるように庭に飛び出て待ってくれていた文車妖妃に手渡し、抱き着いた。


「これを主さまに。お願いね」


「会いに行けばいいじゃないか。今日は来ないのかい?」


「うん、今日はずっとここに居るの。明日遊びに行くね」


「ああ、待ってるよ」


力の強い妖は姿が美しく、美女でもあり、十二単を見事に着こなしている文車妖妃に少しだけ憧れつつ手を振り、宙を舞う文車妖妃を見送ると、頬を桜色に染めた。


「主さま…お返事書いてくれるかな」


――そして文車妖妃が戻って来るのを今か今かと待ち受けていた主さまは、縁側に出ていらいらしながら煙管を噛み、ずっと空を見上げていた。

こういう時話しかけるといいことなどひとつもないことを山姫たちは知っているので、遠目に見守っていると…


「主さま、息吹から返事を預かって来ました」


「ご苦労。早くよこせ」


文車妖妃の手から文をもぎ取ると一目散に自室に閉じこもり、どうせまた文句だろうと思って中を開くと…



「主さまへ 

大好き」



…脚の力が抜け、へなへなと座り込んでしまった主さまは…にやけ笑いが止まらず、床に寝転ぶと何度も文を読み返して悶絶した。