主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

晴明の式神が『助平』とだけ書かれた文を届けに来た時、主さまは昨日息吹への想いを叶えたことで高揚していて眠れずにいた。

そんな矢先に息吹から文が届いたので、どんな恋の言葉たちが綴られているのかと思ってどきどきしながら文を開いたのに…


「…助平…だと!?あいつ…腹の立つ…」


だが意外と純情な主さまは破り捨てもせずに丁寧に文を畳むと引き出しにしまい、未使用の和紙を取り出すと一筆さらさらと書いて畳み、庭に出てとある妖を呼び寄せた。


「文車妖妃(ふぐるまようび)、文を届けに行ってくれ」


「承知いたしました。どちらへ?」


どこからともなく主さまの前に現れたのは十二単を着た吊り目の美しい女で、文に執着することからどんなことが起きても必ず相手へ届けてくれる性質があり、文を手渡すと大切そうにそれを撫でている文車妖妃に命じた。


「平安町の晴明の屋敷へ。息吹に手渡すまで戻って来るな」


「息吹に?ふふふ、恋文なのですね。承知いたしました、必ず息吹へ手渡して参ります」


「余計な詮索をするな。早く行け」


ぶっきらぼうに返して障子を閉めると文車妖妃は早速宙を舞い、平安町へと向かった。


「あいつ…期待した俺が馬鹿だった」


あと1年は気長に見守らなければならないが、元々悠長な性格ではないことは自分自身が1番よく知っている。


…妖ではない息吹の寿命は限られ、この1年がまた息吹の寿命を縮め、永遠に会えなくなる日を縮めてしまうのに――


「こんな想い…どうしたらいいんだ」


今日は会えないが、明日は息吹に優しい言葉でもかけてやって、また2人でどこかへ出かけることができたら…と考えた主さまはその後しばらく悶々としていた。


――そして平安町の晴明の屋敷で息吹が庭の花たちに水遣りをしていた時、文車妖妃が空を舞い、息吹に声をかけた。


「息吹」


「あれ?文車妖妃さんだ…どうしたの?」


「主さまから文を預かって来たよ」


「え」


息吹の頭を撫でながら舞い降りた文車妖妃が確実に息吹の手に文を手渡すと、息吹はその場で文を開いた。

そして書かれていた言葉は…


『がりがり』


主さまのしたり顔が浮かんだ。