主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

主さまが明け方屋敷へ戻り、まず息吹の顔を見ようと寝室の襖を開けた時――


中には息吹が座っていたが、すぐさま違和感を感じた主さまは襖の前に立ったまま中へ入らなかった。


「主さま、お帰りなさいませ」


…その言葉で目の前の“息吹もどき”が本人ではないことを知った主さまの瞳に青い炎が燈り、目にも止まらぬ速さで腰に下げた刀を抜くと“息吹もどき”に斬りつけた。


「主さま、何をするんですか!」


山姫が悲鳴を上げて駆け寄ろうとしたが…息吹が紙切れになってひらひらと畳の上に落ちたのを見て口元を両手で覆い、絶句する。


「息吹はどこに…!?」


「…あいつか…」


安部晴明。

やけに息吹に興味を持っていたが…こういうことだったのか。


――青白い鬼火のような炎が主さまの身体から噴き上がり、まだ解散していなかった百鬼たちが恐怖で縮み上がると散り散りに散ってゆく。


…息吹が居なくなった。


皆が動揺して混乱し、夜明けが近い幽玄町に次々と散って行くとその姿を探し求めたが…どこにも居ない。


「息吹、息吹ぃー!」


山姫が半狂乱になって名を叫ぶが…返事はなく、突然主さまが空を駆け上がると幽玄橋を目指して走り出した。


「主さま!」


「山姫、お前も来い!」


慌てながらついて行った先は、幽玄橋の前に立つ赤鬼と青鬼の元。


それこそ悪鬼のような形相の主さまの左右の額には小さな角が出ていて、それが本来の主さまの姿。


息吹から手渡された朱色の髪紐を握りしめながら山姫が血の涙を流し、赤鬼ににじり寄って問い詰めた。


「息吹はどこに居るんだい!?」


「息吹?息吹は来てないぞ。通したのは晴明だけだ」


「…晴明は1人だったか?」


主さまが静かに問いかけて来て逆にうすら寒く、赤鬼が震えあがりながら頷いた。


――主さまが幽玄橋を渡る。

風のような速さで通り抜けて、山姫が必死になってついて行きながら、その時はじめて晴明が息吹を攫ったことに気が付いた。


「主さま…晴明が!?」


「絶対にそうだ。あいつ…俺のものを…!」


目の前が真っ赤になる。


絶対に渡さない。