主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

息吹は雪男の目を盗んで寝室側にある縁側に座ると、晴明が懐から人型に切られた紙を取り出した。


「これはそなたの代わりになってくれる式神だ。きっと騙せるはずだよ」


何か呪文のようなものを唱えて息を吹きかけると、その人型の紙はあっという間に息吹へと姿を変えてにこっと笑いかけてきた。


「すごいっ」


「しー。さあ、中へ入って居なさい」


式神が寝室の中へ消えて行き、さらに晴明は懐から透明の羽衣を取り出すと息吹の頭にすっぽりと被せた。


「これを被っている間はそなたの存在には誰も気づかないからね、声を上げるんじゃないよ。わかったね?」


「…はい」


いよいよ別れだ。


屋敷を出て振り返り、いつから建っているのかわからない古めかしい屋敷を見つめた。


「さよなら…」


建物にも別れを告げて幽玄町を歩き、町並みもしっかりと記憶に焼き付ける。


「今までの暮らしは楽しかったかい?」


「うん…。みんな…いっつも遊んでくれて…」


「これからは私がそなたに人としての生き方を教えてやろう。だから私の養女になりなさい」


「ようじょ?」


「これからは私が父代わりになってあげるということだ。いいかい?」


「…はい。よろしくお願いします…」


――幽玄橋の前にはいつものように赤鬼と青鬼が立っていたが、晴明の横の息吹には気付かずに、親しげに声をかけた。


「おお晴明、もう戻るのか?」


「ああ、主さまにも会えたしまた人の生活に戻るよ。悪い妖が居たら懲らしめてここに送り込むから後の沙汰は頼んだよ」


「おう、任せておけ」


晴明と歩幅を合わせて橋を渡る。

気付かれた様子は全くなく、つい2匹を振り返ってしまって窘められた。


「さあ、早く」


「はい…」


長い橋を渡り切り、碁盤の目のような綺麗な町並みの平安町に着き、曲がり角まで行くと晴明がまた式神を呼び出した。


耳の横で髪を結った男の童子が現れると用を言づける。


「牛車を呼んで来なさい。私たちはこの道を歩いているからね」


「はい」


返事をすると今度は白い鳥の姿に変化した。

驚きの連続。