主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

一向に落ち着きのない主さまが自室をうろうろしていると、玄関の前で牛車が止まる音がした。


「息吹が来たよ!早く隠さないと!」


山姫の号令で屋敷内が騒がしくなり、息吹はいつでも勝手に部屋へ入って来るので、慌てて床に横になると掛け布団を被った。


「今日も遊びに来てやったぞ」


「…!?」


…待っていた声は息吹のものではなく、犬猿の仲の銀のもの。

がっくり肩を落としていると、次いで明るい声が主さまの顔を輝かせた。


「母様ー、来ましたー」


「入っておいでー」


ぱたぱたと足音がし、勢いよく襖が開いた。

なるべく今起きたような雰囲気で欠伸をしながら瞳を開けると、桜色の着物を着た息吹が頓着なく侵入してきて襖を閉めてちょこんと枕元に座った。


「主さまいつ寝たの?もう起きる?どの位待ってたら起きる?」


「…うるさい。何の用だ」


「『源氏の物語』を一緒に読むって約束したでしょ?夜になると居なくなるんだから昼間見ないと一緒に読めないよ。先に読んでもいいの?」


「…ちょっと待ってろ」


のそりと起き上がると、早速櫛を手に乱れた長い髪を梳かすと、息吹がつけている橙色の髪紐で髪を結んできた。


「えへ、お揃い!」


「…お前…いつも通りだな」


「?何が?主さま寝ぼけてるの?」


――先日は赤裸々に恋の告白をしたくせに、何故こいつはこんなに平然としているのだろうか?

あれは晴明が見せた幻だったのかと不安がよぎったが、じっと見つめていると、徐々に息吹の顔が赤くなってきた。


「な、な、な、なに…?用もないのにじっと見ないで!」


「…」


「息吹ー、出てきて一緒に椿餅を食わないか」


「銀さん!ね、主さまも一緒に食べよ」


…一瞬にして戸惑いが消え、嫉妬の炎が燈った。


「…ちょっと来い」


「え?きゃっ!ぬ、主さま!?」


急に息吹を腕に抱き上げると縁側に出て銀や晴明たちを驚かせたが、構わずに草履を履き、眉をひそめている雪男を一瞥した。


「出かける。夕暮れまでには帰ってくる」


「ちょ…どこ行くんだよ!」


息吹の好きな場所へ。