「またあれにちょっかいを出したのか。お前…何度言わせればわかるんだ」


部屋へ戻ろうとすると、待ち構えていた主さまから声をかけられ、結局逃げるに逃げられず、縁側で話しこむ形になってしまった雪男は、だんまりを決め込んだ。


「…」


「あれはすぐに泣く。だが泣かせていいのは俺だけだ。これ以上あれを泣かせると…百鬼から抜けてもらう」


「!俺は…ただ…息吹が好きなだけだ」


「…それはお前だけだと思うなよ」


「主さまと息吹を見てるといらいらするんだよ!早くくっついちまえよ、そしたら俺だって諦めがつくんだ!…多分…」


普段は、主さまのことを本当に尊敬している。

長い間ずっと百鬼夜行を続け、皆を平等に扱い、平等に裁き、時には強大な力でもって侵入した妖を倒すこともあるが…


息吹が絡んでしまうと、主さまはあっという間に様相が変わってしまうのだ。


…だからこそ、息吹のことを本当に愛しているのだと感じる。


「…俺が悪いのか?」


「そうだよ主さまが悪いんだ。なんで早く好きって言わねんだよ、俺は言ったぜ。だけど…俺じゃ駄目なんだ」


「…」


「息吹だって…主さまは息吹の気持ち聴いたのか?好きな男が誰だか知ってんのか?」


詰め寄る雪男の真っ青な瞳は切迫しており、頭ごなしに怒ることをやめた主さまは、首を振った。


「無理強いは…」


「いいから聴けって。今すぐ聴きに行けよ。ほら、早く!」


ぐいぐいと背中を押され、腰を上げざるを得なくなった主さまは、無表情で雪男を見下ろした。


「…お前はあれの好いている男を知っているのか」


「…知ってる。主さまも知りたいんだろ?四の五の言わねえで早く行けって。…泣かせて悪かったよ。もう泣かせねえから」


「…」


――本当は知りたくて仕方のないことを雪男が知っている…

その事実に嫉妬した主さまは、草履を履くと、事の成り行きを見守っていた山姫に声をかけた。


「出かけて来る」


「あいよ、お気をつけて」


ふっと主さまの姿が消えると、肩を落とした雪男の頭を山姫と、母の氷樹が代わる代わる撫でた。


やっと、この想いを捨てられる――