「ちょっとあんた、なに息吹を泣かせてるんだい」


庭の手入れをしていた山姫と鉢合わせ、気まずくなった雪男は何も言わず、袖を握っている息吹の手を少し乱暴に外すと屋敷の入口へ向かって足早に去って行った。


「母様…」


「…何があったのか知らないけど、そんな顔して主さまに会わない方がいいよ。主さまが雪男を殺しちまうからね」


「!私…そんなひどい顔してる?」


「してるよ、目が腫れてるじゃないか。ほら、顔を洗いな」


山姫の手をしっかりと握り、井戸の前に着くと、盛大に顔を洗い、目を冷やした。


…雪男から求婚されたことは本当に嬉しかったのだが、自分が好きな男は雪男ではない。

答えを先延ばしにし、雪男をいらいらさせ、怒らせてしまったことは謝らなければいけないのだが…


「今日はそっとしておいてあげな。男は女より繊細な生き物なんだよ」


「…うん…母様、今日はもう帰るね」


「主さまに挨拶せず帰りな。あの方はそういうのには聡いから絶対追及してくるからね」


ぎゅっと抱きしめてくれた母代りの山姫…

見たことのない色をしている赤茶のさらさらの髪が頬に触れ、1度強く抱き着くと、晴明を捜しに庭を歩き回った。


「父様、どこに居るの?」


懐紙で鼻を押さえながら一緒に平安町の家へ帰ろうと捜していると、後ろからぽんと肩に手が乗った。


「父さ…、あ、銀さん…」


「どうした、目が腫れているぞ。どれ、あやしてやろうか」


「やだよもう子供じゃな……きゃぁっ」


脇を抱えられ、銀の頭上よりも高く持ち上げられると、丹精込めて植えた花たちがよりいっそう綺麗に見えた。


「わあ、綺麗…」


「これはどうだ」


「きゃー!」


さらにくるくると回転し、目が回りそうになりながらも、涙はぴたりと止まり、銀の優しげな笑顔に晴明の面影を見た。


「ありがとう、銀さん…」


「なんのことだか。さあ息吹、屋敷に戻って評判の料理を食わせてくれ。面白いものもあるぞ」


――息吹と銀が晴明と合流した頃、主さまは目を逸らして地下へ消えようとした雪男を捕まえ、詰問していた。


…泣き顔はばっちり見られていた。