夕方になるまで息吹は寝室に入って来なかった。
その代りずっと声は聴こえていた。晴明と話している可愛らしい声が――
「ちっ」
自分から閉じこもったくせに荒々しく襖を開けて出て行くと、百鬼たちが全員主さまを一瞬見ては目を逸らす。
…機嫌の悪い主さまに話しかけるのは命がけの行為だ。
「息吹、こっちに来い」
「やだ、晴明しゃまとお話したいもん」
むかっ。
怒髪天に来た主さまは無理矢理息吹を抱きかかえると膝に座らせた。
「やーだー!」
「なんなんだ。俺が何かしたか?」
…食べるつもりなんでしょ?
そう言いかけて、晴明と目が合って慌てて宙に視線を泳がせながら首を振る。
「何もしてないよ。ねー、晴明しゃまっ」
…自分と話しているのに晴明の名を出してまた不機嫌になると、山姫が隣に来て息吹の頭を撫でた。
「すっかり晴明に懐いたねえ。どうだい、晴明の嫁にもらってもらうかい?」
冗談でそう言うと主さまから睨まれて肝を冷やし、晴明が腕を伸ばして息吹を呼び寄せながらふわっと笑った。
「あと数年もすれば美しい娘になるだろう。私が貰っても構わないかい?」
「…駄目に決まってる。こいつは俺のものだ」
息吹が晴明の膝の上で…瞳を輝かせた。
「晴明しゃまのお嫁さんにしてくれるの?」
「ああ、だがお前の父代わりが嫌がっているからよしておこう。怒らせて殺されたくないからね」
笑い合って頭を撫でてもらうと、主さまが鼻を鳴らして立ち上がった。
「ふん。…もう行くぞ。用意しろ」
そう言って庭に下り立つ。
…これが主さまと会う最期の会話になる。
「主しゃま!」
息吹が裸足で庭に下りて、背を向けていた主さまの背中に抱き着いた。
…ようやく甘えてきてくれて、頬が緩みそうになるのを引き締めながら主さまが振り返る。
「いい子にしているんだぞ」
「…はい。主しゃまも元気でね」
「?ああ、じゃあ行って来る」
百鬼夜行が空を行く。
「さよなら」
息吹が空に向かって別れを告げる。
その代りずっと声は聴こえていた。晴明と話している可愛らしい声が――
「ちっ」
自分から閉じこもったくせに荒々しく襖を開けて出て行くと、百鬼たちが全員主さまを一瞬見ては目を逸らす。
…機嫌の悪い主さまに話しかけるのは命がけの行為だ。
「息吹、こっちに来い」
「やだ、晴明しゃまとお話したいもん」
むかっ。
怒髪天に来た主さまは無理矢理息吹を抱きかかえると膝に座らせた。
「やーだー!」
「なんなんだ。俺が何かしたか?」
…食べるつもりなんでしょ?
そう言いかけて、晴明と目が合って慌てて宙に視線を泳がせながら首を振る。
「何もしてないよ。ねー、晴明しゃまっ」
…自分と話しているのに晴明の名を出してまた不機嫌になると、山姫が隣に来て息吹の頭を撫でた。
「すっかり晴明に懐いたねえ。どうだい、晴明の嫁にもらってもらうかい?」
冗談でそう言うと主さまから睨まれて肝を冷やし、晴明が腕を伸ばして息吹を呼び寄せながらふわっと笑った。
「あと数年もすれば美しい娘になるだろう。私が貰っても構わないかい?」
「…駄目に決まってる。こいつは俺のものだ」
息吹が晴明の膝の上で…瞳を輝かせた。
「晴明しゃまのお嫁さんにしてくれるの?」
「ああ、だがお前の父代わりが嫌がっているからよしておこう。怒らせて殺されたくないからね」
笑い合って頭を撫でてもらうと、主さまが鼻を鳴らして立ち上がった。
「ふん。…もう行くぞ。用意しろ」
そう言って庭に下り立つ。
…これが主さまと会う最期の会話になる。
「主しゃま!」
息吹が裸足で庭に下りて、背を向けていた主さまの背中に抱き着いた。
…ようやく甘えてきてくれて、頬が緩みそうになるのを引き締めながら主さまが振り返る。
「いい子にしているんだぞ」
「…はい。主しゃまも元気でね」
「?ああ、じゃあ行って来る」
百鬼夜行が空を行く。
「さよなら」
息吹が空に向かって別れを告げる。

