主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

好いている女から真実の名を呼ばれ、身体の底から突き上げてくる喜びにわなわなと身体が震えた主さまは、それでもその言葉を信じなかった。


…道長よりも好かれていることはわかったが、息吹の好いている男が自分だとは限らない。

常日頃晴明や雪男、果ては猫又たちにまで“好き”とよく口にする子なのだから、真に受けて肩透かしを食うのは絶対にいやだ。

だが…寝言とはいえ、ものすごく嬉しくて全身真っ赤になってしまった主さまは、息吹に触れたくて仕方が無かったのだが、触れてしまうと自身を抑制することができなくなってしまいそうなので、そっと腰を上げ、自室に閉じこもった。


「どういう意味だ…犬猫を好きと言っているようなものと同じか?」


悶々。

押しても引いても好いている男の名を教えてくれないし、かと言って唇は許す息吹。

時々自分に食われたいような発言をしたり、甘えてきたりすることも、不可解で仕方がない。


「…くそ、頭が痛くなってきた」


考え過ぎて頭痛がし始めてしまい、部屋を出て外の空気を吸っていると、まだ屋敷をうろうろしていた銀がひょっこりと現れ、主さまの表情がむすっとなった。


「まだ居たのか」


「まあそう言うな。それよりも十六夜、お前…息吹をどうするつもりだ?好いているんだろう?」


図星を突かれ、さらに鼻面に皺が寄った主さまの顔を見た銀は、その顔を待っていましたと言わんばかりに大笑いした。


「やっぱりそうか。じゃあいずれ息吹を食って己の血肉とするわけだな?」


「…お前には何の関係もない。俺とあれのことに口出しをするな」


――息吹を食う…それが1番理想的であることは重々承知している。

究極の想いの叶え方であり、これからもずっと一緒に生き続けることができる…


だが、触れることもできなくなるし、言葉を交わすこともできなくなる――


耐えられるか?

あの眩しい笑顔が見れなくなる日を――


「考え込ませてしまったか。その様子では告白もまだと見える。まあ、せいぜい悩めばいい。人を好いてしまったお前の宿命だ」


「…」


頭の片隅にあった悩みが、どんどん膨らんだ。