主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

あれから息吹は晴明にべったりだった。


いつも膝に抱かれて何か小声で話をしている。


…その光景は主さまをかなり苛立たせていて、山姫をけしかけた。


「おい、あれはどうなっている?」


「あれとは?…ああ、息吹のことですか?やけに晴明に懐いてますねえ」


縁側に座って何やら楽しそうに見える2人は仲睦まじく、山姫はその光景については何も思っていなかったが、主さまは違った。


「俺のものを横取りする気じゃ…」


「晴明はそんなことしませんよ。主さま…やきもちですか?」


「俺がそんなもん妬くか!」


怒られて首を竦めると息吹がこっちを見たので手招きしてみたが…来ない。


「…山姫、お前が呼んでみろ」


「はいはい。息吹、ちょっとこっちにおいで」


山姫がそう声をかけると息吹が立ち上がり、たたっと駆けてきて山姫の膝に上り込む。


「母しゃま、なにかご用?」


「いや、なんでもないんだけどねえ、主さまが呼べって言うから」


息吹と主さまの目が合った。

ふいっと息吹の方から視線を逸らして、完全に頭に来た主さまが立ち上がると荒々しく寝室へと戻って行く。


「主さま?」


「入って来るな。…息吹、お前は例外だぞ」


「…」


だが息吹は寝室に入らない。

いつもは喜んで入って行くのに。


「息吹…何か悩みでもあるなら母様に言ってごらん。なんでも聞いてあげるよ」


…母代りの美しい山姫。

この母とも別れなければならない。


せめて何か残せるものがあれば。


そう思って、髪を結んでいた朱色の髪紐を外して山姫に手渡した。


「顔が突っ張っちゃうからこれ持ってて」


「ああいいよ。さ、晴明に遊んでもらいな」


「うん」


そして晴明の隣に座って見上げると、にこっと笑いかけられて癒されながら俯いた。


「息吹、耐えなさい。作戦が知られてしまってはそなたを守ってあげられないからね」


「…はい…」


今日の夜に、ここを出る。


平安町には行ってみたかったが、こんな形では出て行きたくなかった。