主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

その夜息吹はなかなか根付けずに床で転がり回っていた。
雪男と道長…

2人の男に求婚され、そろそろ自分も適齢期であることはわかっている。

だが…

主さまが自分を受け入れてくれるとは到底思えない。


きっと雪女の時のように、“妹”として想われているのだろう。

だから主さまに告白したとしても、きっとぴんとこない顔をするはずだ。


「…明日軽い感じで言ってみようかな…」


もしぴんとこない顔をしたり、真剣に断られたら…

妻にと望んでくれている道長が雪男の元に嫁ごう。


そう決めるとほっとして、みるみる睡魔が襲ってくると、息吹は眠りについた。


だがその夜は、熱帯夜だった。

障子を開けて寝ていても首や頬に汗が伝い、寝苦しくなって小さく声を漏らすと…


突然涼しい風がそよそよと髪を揺らし、汗を乾かした。


晴明が団扇を扇いでくれているのだと思った息吹は瞳を閉じたまま手を伸ばして、“晴明”の膝に触れた。


「父様…ありがとう…」


「…」


「私…明日…主さまに好きって言ってみます…。きっと…駄目だろうから…父様…慰めてね…」


「……」


応えてはくれなかったが、晴明であることには間違いないはずだと思い込んでいた息吹はそのまま眠り、“晴明”は小さく笑うと膝に乗っている息吹の小さな手を握った。


「明日、か。じゃあ明日また出直すとしよう」


そしてそのまま裏庭に通じる縁側へと出て分け入ると、葛の葉の墓の前に立ち、墓標を撫でた。


「変わった娘だ。攻略不可能の晴明を骨抜きにし、幽玄町の主までをも骨抜きにしている。…不思議な娘だ」


ここへ来ると、あの娘に会いに来てしまう――

まだ言葉を交わしたこともなく、目も合ったことはないが…



短い銀色の髪に銀色の瞳――

頭の左右には同じ色の狼のような耳が生えていて、臀部にはふさふさの銀色の尻尾が生えていた。



この国に戻ってきたのは久しぶりだ。

もう戻って来ないつもりだったが…



「何故だろう。何故かな、葛の葉…」



何故か、どんなに考えてもわからない。