主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

それっきり息吹は沈黙してしまい、かつ縋るように晴明を見つめながらずっと袖を握っていた。


「人だからとか、妖だからとか…そういう枠には捉われるな。私とて人と妖の間に生まれた半妖だ。思うままに行動しなさい」


「……私…雪ちゃんにも“お嫁さんに来て”って言われたの。…でも私…主さまが…」


「息吹…十六夜は今までずっと独り身だったが、そろそろ妻を迎えてもおかしくはない。十六夜とそなたではない女が仲睦まじくしている光景にそなたは耐えられるか?」


…自分ではない女と主さまが?


その想像は息吹を激しく打ちのめし、『源氏の物語』の巻物を握りしめると首を振った。


「…できません…」


「道長はそなたが童女だった頃は本人も兄代り位にしか思っていなかっただろうが、そなたが美しく成長して“妻に”と望み、後は返事を待つのみだ。3人もの男を手玉に取っているのか…さすがは私の娘だな」


茶化されてつい笑みが零れると、晴明から植え付けられた想像が頭から消えずに訴えかけた。


「主さまは…好きな方が居るの?私が主さまに告白しても嫌がられるだけなんじゃ…」


「さて、私の口からはなんとも。十六夜は私と同じ位に難しい性格をしているし、簡単に女になびく男でもない。久しく女を食ってもいないし抱いてもいないだろうからな」


“抱く”という言葉に顔を真っ赤にすると、晴明はそんな息吹をまた膝に乗せて子供をあやすように背中を撫でた。


「道長は“待つ”と言ったし、雪男共々じっくり考えればよい。私も娘に先を越されぬよう気合いを入れよう」


「!母様とのことっ?父様…私…努力します。主さまと知らない女の人が仲良くしてる姿を見るのはやだ…」


少し垂れた瞳が潤み、晴明はごろんと寝転がると腹の上に息吹を乗っけて笑った。


「私はその光景を全く想像することができぬが…あれを操れる女はさぞかしいい女だろうな。ちなみにそなたの操りっぷりもなかなかのものだぞ」


「え?主さまを操ったことなんかないけど…」


「ふふふ、天然か。まあいい、明日十六夜に会ったら道長のことを話してみなさい」


想像しなくてもわかる。

きっと、激怒。