主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

なんとも雰囲気の微妙な昼餉となってしまい、主さまの隣にぴったり座った息吹に居心地が悪くなりながらもこの場から早く去ろうと箸を進めていた。


「主さま美味しい?」


「…まあまあだな」


主さまの“まあまあ”は“美味しい”と同義語なので息吹がにこっと笑うと、息吹の前に座っていた道長が悔しそうに飯をかき込んだ。


「で、明日はうちに来るのか」


「うん行くよ。一緒に『源氏の物語』の続きを見るって約束したでしょ?」


「!それは俺が息吹に貸した…」


「はい、主さまも面白いって言ったから一緒に読もうと思って。読み終わったらすぐお返ししますね。続きもまたお願いします」


…よもや恋敵に手柄を乗っ取られるとは思っていなかった道長が悔しそうに膝を叩くと、主さまは隣できちんと正座をしてすまし汁を飲んでいる息吹の頬に手を伸ばした。


「主さま?」


「飯粒がついてる」


頬についた飯粒を指で取るとそれをそのまま口に運んで食べた。

息吹が小さな頃はよく顔中飯粒だらけにしていて笑ったものだが、それを懐かしく思って取った行動は…息吹の頬を桜色に染めた。


「あ、ありがと…」


「……帰る」


腰を上げると晴明が主さまを見上げながらにたりと笑った。


「ままごとに付き合ってもらって悪かったな」


「…いつものことだ」


――主さまは妖なので、人の食事を摂っても腹は膨らまない。

かといって人を食べなければ生きてゆけないというわけではないので、最後に息吹の頭に手を置いて少し撫でると庭に下り、姿を消して居なくなった。


「…もうちょっと居てほしかったのに」


「明日遊びに行けばいい。それより道長、そなたの用はもう済んだのか?他に何か用があるのでは?」


晴明から暗に求婚の件をやんわりと促され、主さまの登場で気概を削がれた道長は碗を置き、力なく首を振った。


「いや…今日はもう帰る」


「道長様、主さまはいい妖だったでしょ?主さまが気まぐれを起こさなければ私はとっくの昔に死んでいたんです。主さまのおかげなの」


「…そうか」


道長がしょげてしまい、晴明はやれやれと肩を竦めた。