主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

目を覚ますといつの間にか寝室に寝かされていて、隣には主さまが眠っていた。


綺麗な顔だ。

いつもと変わらずに腕枕をしてくれて眠っている。


…近いうちにこの男から食われてしまう。


怖いと思いつつもやっぱり主さまの傍に居たくて、でも今日の夜には離れなければならない。


食べられたくない。

ただその一心。


「主しゃま…」


「……ん…なんだ、厠か?」


寝ぼけているのか、朝なのにのそっと起き上がり、欠伸をする主さまはいつもと同じ。


こうして甲斐甲斐しく世話をしてくれるのも、いつかは自分を食べるため。

手塩にかけて美味しく育てて、美味しく食べるため。


妖は身近にある存在だったが、彼らの主食が人間であることを昨晩晴明から聞かされた。


…では皆が自分を食べようと思って優しくしてくれたのか?

本当に愛してくれていたわけではなく、食べようと思って?


――もうその考えから抜け出すことができずに黙り込むと、主さまはまた寝転がり、元気のない息吹の頬をつねる。


「どうした」


「…ううん。ねえ主しゃま…お腹…空いてない?」


そう問われると、数十年や数百年単位で女を食う主さまは腹が減ったという感覚はほとんどなかったが、敢えて頷いた。


「そうだな。お前も減ったのか?なら俺も付き合ってやるぞ」


“人を主食にしている”というのを隠してそう返すと、息吹が泣きそうな顔になって驚いて半身起き上がる。


「なんだお前…」


「なんでもないって言ってるでしょ!主しゃまはまだ寝てていいよ!」


飛び出して行ってしまい、何が何だかわからないまま、また寝転がってぼんやりしていた。


…別に人は食わなくても生きていける。ただ口寂しくなって、時々食いたくなるだけだ。

それは妖としての本能で誰も止めることはできない。


「…」


懐から絵を取り出してまた長い間眺めた。

6年後、息吹はこうなるはずだ。


息吹が年老いてしまう前に食って我が血肉に。

そう望む自分と、ずっと手元に置いておきたいという自分が相反する。


「くそ…」


珍しく懊悩していた。